第179話 おくりものを貴方に(3)S☆3

 首を傾げて見せるとメルメルは私を抱き寄せ、ぽつり、ぽつりと言葉を紡いで聞かせた。


「例えば、誰かにキスしてもらったり。抱きしめてもらったり。後は、怖くなくなるまで背中をたたいてもらったり……そうね、お話を聞かせてもらうのもありかな」


 とん、とんと……撫でるような穏やかさで、メルメルが私の背をたたく。

 今、メルメルは私に、彼女が言った『おまじない』を全部してくれているんだと気付いた。


 すると、次第に胸の奥が温かくなっていく。

 呼吸はながく、ゆっくりしたものになり……いつの間にか、私はまぶたを閉じていた。


「……メルメルがずっとこうしてくれるなら。私、怖いものなんて何もなくなる気がする」


 つい、そんな言葉をこぼしてしまう。

 それは私達にとって、完遂しようのない願いだった。

 でも――。


「なら、時間が許す限り……ずっとこうしててあげるわよ」


 それでも、精一杯に応えてくれるメルメルの胸の中へ、私は顔を埋めて頬ずる。

 今この瞬間だけは、私にこわいものなんて何もなかった。

 きっとメルメルが守ってくれる。

 確かに感じる彼女の体温に、不確かな安全を感じていた。


「ねぇ、メルメル。私、いつか……死ぬのが怖くなくなれるかな?」


 短い間を置いてから、メルメルの言葉が耳に届く。


「そうね……いつか。きっと怖くなくなるわ」

「それって、いつ?」


 答えを急くように、私はまぶたを開いてメルメルの顔を見上げた。

 そんな私を、メルメルの水晶みたいに綺麗な瞳がとらえる。

 彼女は目線を私にだけ注ぎ、心を溶かしたような言葉を優しく……私にだけ聴かせてくれた。


「ずっと先よ……サクラに大切なものや大事な人がもっとたくさん増えて、あなたの好きな人達が穏やかに、時の流れで死んでしまった後……今いる世界と、死んだ後の世界。どちらにも愛しいものが増えていって、少しだけ生きていることに寂しさを感じ出した時から……きっと、それは始まるの」


「……その時が来たら、だんだん怖いのがなくなっていくの?」


「ええ。たぶんね」


 肯定するメルメルを見つめながら、私はなんて時間がかかるんだろうと思った。


 けど……不思議とこの時だけは、そんなに長い時間を自分が生きて過ごせるだろうかと、ちっとも疑問に思わなかった。


 私はただ、今はこんなにも怖い死を……いつか怖く思わなくことができるんだと、信じて疑わず、穏やかな気持ちでメルメルに身を預けていた。

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