第176話 戦場、馬上にて(9)S☆5
頬や服に血がべったりと染みていた。
自分の血ではない。
でも、自分の血じゃないからってなんだっていうんだろう。
ヤサウェイさんの率いる大隊は無事入城を果たし、私達は束の間の休息を得た。
だが、この時間が私にとって休息となるのか否かは……正直、定かではない。
「サクラ? サクラ!」
「た、たけ?」
馬を降りた後、私は震える手を手綱からずっと離せずにいた。
気付けばガチガチと歯を鳴らしていたし、何故か急に耳が遠くなった気さえする。
「だいじょうぶか? さく――」
その後、タケが何度か話しかけてくれたけど、何を聞かせてくれたのか、自分が何と言って返したのか私はまるで覚えていなかった。
突然視界に霞がかかったような気がしてものごとがはっきりと見えず、わからない。
なのに、体に浴びた返り血の生温かさだけが、嫌にはっきりといつまでも残留していた。
途中、タケが冷えた水を浸した布で血を拭ってくれたが、それでも返り血の温度が抜けない。
私は糸が切れた人形のように、ひどくぼんやりとした時間を過ごした。
しかし――
パシンッ!
――と、急に頬に痛みを感じ、私は自分を取り戻す。
ひりひりと熱く痛む頬を手で押さえながら、目前にいたヤシャルリアさんの瞳を見据えた。
「ヤシャ、ルリアさん?」
霞のはれた視界。
彼女の名を口にすると、ヤシャルリアさんは表情をほころばせる。
「黝輝石。初陣ご苦労であった。直ぐにアイリーンと共に中隊を率いて負傷兵を護衛し、後方の部隊と合流せよ。これは命令だ、良いな」
ぼんやりしていた反動か、真っ白になっていた頭の中にするすると命令が書き込まれた。
私がこくりと頷き命令を受けると、ヤシャルリアさんは背を向けて城の中へと入っていく。
それから私は頬の痛みが引かない内にアイリーンさんと合流し、彼女の後について城を出た。
けど、後方へ着くまでの道中……私の心に、様々なものが重りとなって圧し掛かる。
けがをした兵達のうめき声……あちこちに転がる熱を失った肉の塊。
戦闘という命の奪い合いの跡……至る所に目につくそれが、再び私の視界に霞をかけた。
いつの間にか私は顔をうつむけ、馬上にて戦場を進みながら、戦場から目を背ける。
しかし。
「サクラッ!」
メルメルの声が聞こえた途端、私は自然と顔を上げていた。
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