第175話 戦場、馬上にて(8)S☆4
ヤサウェイ率いるタケ、サクラの所属する騎馬大隊が入城を果たした後、メルクオーテは一度胸を撫でおろし安堵のため息をついた。
だが。
(なにをほっとしているのアタシはっ!)
部隊が入城を果たしたからと言って、まだ戦闘が終わった訳ではない。
彼女は沸き上がる自分へ苛立ちに、ぎゅっと拳を握りしめた。
部隊が無事とは言え、サクラやタケが無傷でいるとは限らない。
悪い想像ばかりがメルクオーテの脳裏をよぎっていく。
一瞬、彼女は戦場から目を逸らし、胸の内に湧いて出る不安を押し潰そうとした。
その時――
「見ろっ! 敵が後退していくぞ!」
――味方の兵達からそんな声が上がる。
メルクオーテは顔を上げ、自身の目で耳にした言葉の真偽を確認した。
「敵が、後退してる? それに味方の部隊も?」
兵の言葉通り敵部隊は後退し、それに合わせてヤシャルリアの大隊が前線から後退していく。
互いに退いていく部隊を目にしたメルクオーテは、束の間戦闘が終わったのではと錯覚した。
直後。
ぱんっ!
と、彼女は自分の頬を両の手ではたく。
(落ち着けアタシ! 戦争なんてものからそうそう簡単に足抜けできる訳ないじゃないっ)
緊張を取り戻したメルクオーテは、キッと視線をきつくし再び戦場を見つめた。
それから小半刻ほど過ぎた後、彼女のいる後方の部隊へ三人の伝令が訪れ……その後、衛生班が多くの負傷兵を連れて戻った。
負傷兵の数は多く、ヤシャルリア達が訪れる以前からの負傷者が大半を占めている。
中には城内で治療を受けた者もいたが、城の医療用品や薬品が不足しているらしく重傷を負った兵が数十人は運ばれてきた。
そんな集団の中には――
「えっ?」
――彼女が、今もっとも見つけたくない人影もあった。
「サクラ……?」
メルクオーテの目に、うなだれて馬に乗るサクラの姿が飛び込む。
彼女はサァッと血の気が引いていき、気付けば走り出し叫んでいた。
「サクラッ!」
今、メルクオーテの頭はサクラに多する心配で一杯だ。
どこを怪我したのか、魔導が使えない自分に果たして治療が可能なのか。
そんな心配事が次から次に溢れてくる。
だが。
「め、メルメル?」
「サクラ! サクラっ! 大丈夫なの? けがはっ! 平気っ?」
彼女がサクラに駆け寄りぺたぺたと体を触って確認するも、外傷らしいものは見当たらなかった。
「へ、平気だよ?」
すると、メルクオーテの気に圧されたのか、自分のことであるのにも関わらずサクラは確証がないかのように答える。
メルクオーテはサクラの返答を聞き、彼女の怪我がないことにほっと安堵しながらも訊ねた。
「じゃあ、どうしてここに?」
「えっとね……一応、衛生部隊の護衛……あとね、ヤシャルリアさんが」
「ヤシャルリア姫が?」
「うん。一応、はじめての戦闘だから。プラチナドールの私には調整がいるだろうって。作った本人に見てもらた方が良いって」
サクラの答えに、メルクオーテは違和感を覚える。
プラチナドールはあくまで死者の体を使うが、人間の延長線上の存在と言える。
つまり、外傷がないというなら調整の必要はない。
それとも、自分が何かを見落としているのだろうか?
だとしたら、それはなんだろう?
その正体がわかったとして、自分に治療が可能だろうか?
何故、ヤシャルリアは魔導が使えないとわかっている自分にサクラを任せたのだろうか?
メルクオーテの胸の内に、ぐるぐると疑問が渦巻き始める。
しかし。
ぎゅっ、と……サクラがメルクオーテの服を掴んだ時、その手が震えていることに気付き、彼女は理解した。
まだ、サクラは幼い。
この世に生まれたばかりの精神は幼く、いくらかの知識を得たとしても、彼女はまだ純粋だ。
そんなサクラはついさっき……戦場で、多くの死と殺しを経験したのだ。
「メルメル……なんかね、寒いの」
力のない声を発するサクラを馬から降ろし、メルクオーテは彼女をぎゅっと抱きしめた。
「よく、がんばったわ……サクラ」
今、サクラに必要なのは治療や調整ではない。
ただただ、今の彼女には精神的な安息……束の間でも、穏やかな時間が必要だった。
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