第171話 戦場、馬上にて(4)S☆4

 馬を走らせ始めてすぐのこと……私の視界に敵の姿が入った。

 ヤシャルリアさんの騎士達と似たような鎧を身に着けた敵の兵士達――。

 彼らは馬を持たず、盾を構えながら槍の穂先をこちらへ向け、ずらりと並びに密集していた。


「食い破れ!」


 そんな怒声が聞こえる。

 先を行く馬の蹄が敵の鎧を踏みつぶしたのは、その直後のことだった。

 敵が構えていた槍のいくつもが折られ、あるいは敵を貫くことなく明後日な方向に薙がれる。


 しかし――


「ぐっ」

「があっ」


 ――敵の槍のいくつかは味方の体を貫き、数名の騎士達を落馬させた。


 その光景に、私は奇妙な圧迫感が沸き上がる。

 不安と高揚感が混ざり合いながら胸の底よりせり上がってくるような感覚。

 私は手綱を片手に剣を抜き、眼前に現れる敵に備えた。


 やることは、決まっている。

 先頭の騎士達が討ち洩らした敵を、馬が駆ける勢いのままに斬りつければいい。

 それだけでいい。


 刹那、私はごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

 しかし、そんな小さな物音など、ここにおいては無音に等しい。


 視界の端に、横たわって転がる兵の体がいくつも見えはじめた。

 馬の蹄が、ばきりと音を立てて何かを踏み折る。


 直後――敵は現れた。


 倒れていない、地に足を着けて立つ敵だ。

 槍を失ったのか、敵は血にまみれた盾を手に剣を構えてこっちを見ていた。

 ぞくりと、寒気のような恐怖が背中を撫でる。


 この瞬間私は、アイリーンさんが話してくれた命の優先順位を思い出した。


 敵との間合いが詰まる。

 音よりも早いのではないかと錯覚するような速さで詰まる。

 私は剣を振り上げ、そして――


「っ! やあぁっ!」


 ――敵が間合いに入った瞬間、柄を握りしめ思い切り剣を振り下ろした。


 プラチナドールは通常の人間よりも余程強力だ。

 それは肉体的に限った話ではないだろうが……。

 この時に私は、自分がどれ程の力を持っていたのかという事を知った。


 私が剣を振り落とした途端、敵兵が構えていた盾は簡単に砕けた。

 まるで、積み木を積んでこしらえたのではないかと思う程に、簡単に砕けた。

 そして、砕けた盾ごと、彼の体は真っ二つに裂けた。

 肩口から腹部にかけて縦に大きく裂け目が入り……真っ赤な体液を散らしながら倒れたのだ。


 返り血……そう言って差支えのないものが、私の頬や着ている衣服を濡らした。


 その途端、私の胸にせり上がっていた奇妙な圧迫感は、波が引くように消え失せる。


「あ……」


 短く声を漏らし、私は倒れいく敵の亡骸を通り過ぎた。

 どさりと倒れた亡骸を、後に続いた数騎の馬が蹄にかけていく。

 そんな光景を前にして――敵の血が自分の頬を濡らすまで……私は思いもしていなかった。


 今まで、軽々しく敵と呼んでいたモノの血が、こんなにも温かいだなんて……私は、思いもしていなかった。

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