第156話 ヤシャルリア達の世界(10)S☆2
しかし。
自信なさげに答えながら、彼女は唇を噛みしめる。
そして。
「でも……」
でも――と、声に出した。
「でも、必ず自分のものにして見せるわ。この世界の魔導を」
メルクオーテはキッと鋭い眼差しをヤシャルリアに向ける。
「そしたら……サクラを取り戻すことだってできるかもしれない」
挑戦的ともとれるその眼差しを、ヤシャルリアは「ほう」と声を漏らして受け止めた。
「どういうことだ?」
幾度目かもわからない魔導への疑問をぶつける俺に、メルクオーテは問う。
「前の戦闘。サクラがヤシャルリアさんの命令に逆らえなかったでしょう?」
「あ、ああ。ヒサカの体をプラチナドールに変えた本人がヤシャルリアだったから、あいつの命令に逆らえなかったんじゃないのか?」
確信の薄い俺の回答に、サクラも「違うの?」と、首を傾げる。
メルクオーテはそんな俺達に向き直って答えながら、サクラの髪を撫でた。
「ええ。でもそれは大きな要因の一つでしかないの。いい? 前回の戦闘でサクラがあの人の命令に従った要因は大きく2つ。一つ目、元の体の持ち主であるヒサカさんとヤシャルリアが交わしたプラチナドールの本契約が今も強く生きていたこと。二つ目、アタシの魔術師としての実力がヤシャルリアさんに劣っていたことよ」
メルクオーテは優しくサクラの頭を撫でていた手を止め、悔しそうに語る。
「あのね? いくら仮契約とは言え、自分より低級の魔導士が相手ならばサクラの命令権はアタシに優先されるの。でも、あの場……ううん。少なくとも今、この世界においてはアタシよりもヤシャルリアの方がこの世界の魔導の扱いに長けている。だから、サクラはヤシャルリアの命令に逆らえない」
彼女は自身の不甲斐なさを噛みしめるように顔をうつむけた。
だが、そんな彼女の説明を聞き、サクラは明るい表情でぽんっと手を打ち、得心いったとばかりに頷く。
「そっか! メルメルがこの世界の魔導の使い方を学んで、ヤシャルリアさんより上手になれば私の命令権がメルメルに戻るんだね!」
「ああ!」
なるほどと声を上げる俺達に、メルクオーテは若干複雑そうな面持ちで微笑みかける。
「そういうこと。ただ、簡単じゃないけどね。少なくともヤシャルリアさんは単身での転移術を操り、プラチナドールの急造や契約ができる。低く見積もっても高位の魔導士よ」
メルクオーテはやはりどこか自信なさげに口にした。
おそらく、メルクオーテは少なくともヤシャルリアを元の自分と同格か、それ以上に想定しているのだろう。
「アタシは、あの人を超えるために元の世界で覚えたすべてをここで覚えなさなきゃいけない。それがどういうことか……考えただけで、気が遠くなっちゃって――」
しかし。
「――……サクラ?」
自信のない彼女の手に。
気付けば、サクラが手を添えていた。
「できるよ! メルメルなら。だって、メルメルは私を作ってくれた、すごい魔導士なんだもん!」
その底抜けに彼女のことを信じる無垢な瞳。
サクラの瞳が、メルクオーテの顔つきを変えていく。
「メルクオーテ。君なら、できる。だろう?」
せめて、俺もサクラのおまけくらいには彼女を後押しできればと思ったのだが。
「当然でしょ?」
俺の言葉は、どうやら必要なかったみたいだ。
「アタシ、優秀だもの。この世界の魔導。一から十まで。いいえ、真理までだって学んでやるわ!」
いつもの調子を取り戻したメルクオーテが傍にいる。
俺は彼女を頼もしいと感じながら、いつのまにかメルクオーテにまで安心を感じてしまっている自分に驚いた。
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