第155話 ヤシャルリア達の世界(9)S☆2
「魔力、不足?」
「そうだ。貴様達から見れば一見無駄にも見えるだろうあの長たらしい魔導術式。それにも、きちんと意味があるということだ」
ヤシャルリアの言い方にはわかりやすい含みがあった。
俺には、その含みの中身がわからない訳だが……。
メルクオーテは違うようだ。
彼女はヤシャルリアの言葉を聞くなり指先をあごにそえ、うつむいて何かを考え始める。
自問自答するように時折唇を動かした後、メルクオーテはハッと表情を変えて声を発した。
「そっか! わかったわ」
「聡いな」
結論に至ったのだろうメルクオーテを、答え合わせをすることもなくヤシャルリアは褒める。
しかし。
「何を言うの。むしろあのヒントをもらわないと気付けなかったこと。アタシは恥じるべきね」
メルクオーテはヤシャルリアの賛辞を素直には受け取らなかった。
「本当に、どうして気付かなかったのかしら。数ある異世界。各世界が内包する魔力量は必ずしも同量ではない。こんなこと、少し文献を読んでいれば皆知ってることじゃない」
そう言いながら、メルクオーテは自身の髪を手でぐしゃぐしゃに乱す。
よほど自分に苛立っているようだ。
すると、そんなメルクオーテに同調するように、ヤシャルリアが告げた。
「然り。わかってみればなんてことはない。だが、実際に体験してみると面を食らうだろう? 使える筈の魔導が使えないというのは」
「ええ、そうね。本当に頭が真っ白になったもの」
今、メルクオーテは既に魔導が使えないという問題の突破口が見えているらしい。
だが、少しの察しもつかない俺とサクラは互いに顔を見合わせた後、彼女に訊ねた。
「なあ、どういうことだ?」
「メルメル。また魔導を使えるようになるの?」
その突端、メルクオーテは困ったような微笑みを浮かべ「うーん、どうだろ?」と、返す。
しかし、その僅かな笑みには、先程までにはなかった希望が滲んでいた。
「一朝一夕には無理だけど……やれないことはないと思うわ。そうね……例えるなら、利き腕を矯正するようなものよ」
「利き腕を、強制する?」
メルクオーテが出した例えは、おそらく彼女が当たろうとしている問題の難しさをわかりやすく伝えているのだろう。
だが、全容がわからない俺達にはさっぱりだった。
そんな俺とサクラの様子を察したのか、メルクオーテは言葉を続けた。
「えっとね……この世界はアタシが元いた世界と比べると、魔導を使うのに必要なエネルギー量が1割くらいしかないの。だから、アタシが向こうの世界で使っていた魔導術式をこの世界で使おうとしても、エネルギー不足で全部不発に終わっちゃうわけ」
「じゃあ、この世界に適した術式を覚えれば、また魔法がつかえるの?」
首を傾げ訊ねたサクラに、メルクオーテは少し自信なさげに答える。
「うーん……まあ、理論上はね?」
それは常日頃から自身のことを優秀だと口にする彼女らしくないものだった。
「さっきも言ったけど、急に利き腕を変えるような……感覚的な問題があるの。魔導術式を一から覚え直すのは左程難しいことではないけど。これまで十二分に使えていた魔力が足りないという感覚。実感として体に染みついたこれまでの経験を一度リセットするのは……一朝一夕じゃ厳しいかもしれないわね」
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