黝輝石の物語

第145話 そして、変化は訪れる。S☆0

 ふと、風にあたりたくなった私は城壁に登ろうと思った。

 与えられたお部屋の中も決して居心地は悪くなかったけど、少し前まで私はメルメルの工房にある庭をいつでも好きに走り回っていたんだ。

 古風なお城の中にこもり切りというのが、どうも体に合わなかった。


「わぁっ……」


 見晴らしのいい城壁のヘリにつかまり、私は感嘆の声を漏らしながら外を眺める。

 遠くにある筈の大きな町や建物が、ここでは小さくなって一望できるということは、私にとってちょっとしたすごい出来事だった。


 けれど、私はその眺めから目を離し、視線を中庭へと移す。


 すると――。


「武器に頼るなタケ! 君の真価はそんなものにありはしないっ!」


 鍛錬に励むヤサウェイさんと、タケの姿を見ることができた。

 しかし、目に見える二人の姿はずいぶんと対照的だ。


 片や木剣を片手に余裕しゃくしゃく。

 片や、呼吸が乱れ、疲労感からかだんだん背が丸まり始めている。


 と、素人である私が、端から見ていて気付くのだから、当然――。


「背中が丸くなっているぞ!」


 ヤサウェイさんからタケに、檄が飛ばない筈がなかった。


「ぐっ――」


 次の瞬間、息を吐き洩らしながらタケは背中に木剣の一撃を打ち込まれる。

 でも……。


「まだっ、だっ――」


 ヤサウェイさんの重い打ちをもう幾撃も食らっているのに、彼は立ち上がった。

 私は、そんなタケの姿をここから遠目にこわごわと見守っている。

 そして、見守ると言う点では、ヤサウェイさんも私と同様だった。

 彼はタケが立ち上がるのを見ると「それでこそだ」と、満足そうに頷き、再び鍛錬の構えに戻る。


「さあ、もう一度だ!」


 そうやって、何度も打ち合いを繰り返す二人を眺めながら、私は身の回りに起こったほんの少しの変化を噛みしめた。


 そう、少しの変化だ……。

 例えば……最近。タケが、私のことをよく撫でてくれるようになった。


 私は自分の髪を指先で撫でながら、ふっと笑ってしまう。


 気付けば、ヤサウェイさんがタケを殴ったあの時から、もう三日が経っていた。

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