第146話 そして、変化は訪れる。(2)S☆1

「サクラ?」


 ふいに名を呼ばれ、けれど、私はその声を聞いただけで振り返って駆け出す。


「メルメルっ!」


 たたたと、軽快に彼女との距離を詰めた後、私はメルメルの胸に抱き着いた。


「おっ、と……」


 私を受け止めるなり、メルメルは体勢を保ちながら驚いたような声をあげる。

 心のどこかでこのまま一緒に倒れても構わないと思いながら、私は彼女の胸に顔を埋めた。


 すぅっと呼吸を繰り返しながら、私はメルメルの服に頬ずりする。

 そうしていると、心の底から落ち着くような、不思議な香りがした。


 でも……やっぱり、かたいなぁ。


 なんて感想を胸の奥に秘める私に、メルメルは優しい声をかけてくれる。


「どうしたのサクラ。最近やけに甘えるじゃない……」


 その声が、決して嫌がる風ではないことに、私はほっとし。


「うん……なんとなく」


 やわらかに髪を撫でてくれるメルメルに甘えながら、私は頷いた。

 すると、また中庭の方からヤサウェイさんとタケの声が聞こえてくる。


「あれ……タケとヤサウェイね?」


 二人の声に気付くと、メルメルは私の髪を撫でたまま訊ねた。


「二人を見てたの?」

「うん」


 私はメルメルの胸から顔を離し、彼女の手を取って城壁のへりに向かう。


「ほら」


 打ち合う二人の姿を視界に入れると、メルメルは「へぇ」と声を漏らした。


「あいつ……変わるのかしら」


 ふと、メルメルはタケを見つめながら、そんな言葉をこぼす。

 けど、私は一瞬、その言葉が差す意味をわかれなくて、首を傾げた。


「メルメル?」

「タケはこの先、本当にアタシ達を、サクラを……誰も取りこぼさないなんて、できるのかな」


 メルメルの不安げな視線が、タケへと注がれる。


「あいつは一度……サクラのことを諦めた。でも今。もう一度。必死にあんたを離さないようにって、変わろうとしてる」


 私とつないでいた手に、彼女は力を込めた。


「もし。次にまたサクラのことを諦めないといけなくなったら……アタシも、タケも、本当にダメになっちゃう気がするの」


 声を震わせながら、メルメルは泣きそうに瞳を潤ませる。

 私はそんなメルメルの手を強く握り返しながら、たぶん……彼女の間違いを訂正した。


「メルメル……タケはね、もう変わったよ」

「えっ?」


 メルメルは私の声を聞くなり、小さく驚く。

 けど、私は構わずに続けた。


「あの日からね。タケは少しずつ、少しずつ変わってるの。これから変わるんじゃなくて、きっと、もう小さな何かが変わってるんだよ」


 メルメルに安心してほしくて、私と同じようにタケを信じてほしくて。


「メルメル……信じて。あの人はね、きっとこれから、どんどんかっこよくなるよ」


 にっと私が歯を見せて笑うと、メルメルは――


「バカじゃないの……」


 ――ほどけるように口元を開き、笑い返してくれた。


「あいつが、カッコよくなるなんて……ありえないわよ――」




 私はこの世界に来た時……ううん、この世界に来る前、こう思っていた。


 タケとメルメルを守らないといけない。

 タケをヒサカさんに会わせてあげなきゃいけない。

 メルメルを、元の世界に――私達がいた工房に戻してあげなきゃいけない。


 そのためなら、私は戦える。

 終わってしまうことも、きっと怖くないと。


 でも、今は少しだけ違う。

 タケは変わった。

 きっと、今の彼は私のことを守ってくれる。


 なら――


 私は、タケと、メルメルとずっと一緒にいよう。

 私もヒサカさんに会って、体を貸してくれてありがとうって言おう。

 みんなで一緒に、あの場所へ戻ろう。


 そのためなら、私は戦える。

 きっと、全部うまくいく。


 ――私は、少しだけわがままになりたいと思った。


 あの日の、彼の声が聞こえる。


『お前は、どうしたい?』

 私はね、生きたいよ。


『なあ、サクラ……俺は、お前になにをしてやれるかな?』

 もっと私を……私達を、好きになってほしいな。これから……ゆっくりと。

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