第143話 124回1日目〈19〉S★0

 そしてまた、ヤサウェイは疲れたような顔をして言葉を紡ぐ。


「……タケ。僕が今、君を許せない何よりの理由がわかるか?」


 彼の問いかけに、簡単に言葉が出なかった。

 頷くこともできず、首を振ることもできず……俺は、また彼の言葉を待ってしまった。


 だが、ヤサウェイはまた穏やかな声で続ける。


「僕は今、君が――君自身が、自ら誰かの命を取りこぼそうとしているのが許せないんだ」


 そう語る彼の眼差しはまるで、思い違いでなければ俺を羨んでいるように見えた。


「僕がこれまで、何人の命を取りこぼしたと思う? ハキとズグゥを殺され、君とヒサカを守れず失い。だが、それでもと取らずにはいられなかった剣を握りながら……この世界でまた、何人の命を取りこぼしたと思う?」


 いつの間にか、ヤサウェイの視線はじっと彼の手へと向けられている。

 彼はほんのひと時の沈黙を噛みしめた後、独り自らの質問に答えた。


「大勢だ。この両の手で数え切れないほど。そして、数える両の手が血で染まりきるほど……大勢の命を、僕は取りこぼした。けど――」


 刹那の後――まるで太陽を宿したような力強い目が、俺の心をとらえていた。


「――君は違うだろっ」


 知らぬ間に、彼は闇を晴らすような言葉を、俺の胸に届けていた。


「君は僕とは違う。君はまだ、ヒサカを救う道すがらで――誰一人取りこぼしちゃいないんだ」


 その言葉は、否応なく俺の胸に刻まれた。

 たったの一瞬で、二度と忘れられないと思った。


 でも、だからこそ――その言葉が信じられなかった。


「ヤサウェイ……俺は、そんなんじゃないんだ。だって、俺は――俺だって、ハキやズグゥを……それに、お前のことだって――」


 だが、ヤサウェイはその不信さえ言葉で切り払う。


「違う! あの二人のことは、決して君が負うべきじゃないっ! ハキとズグゥは、僕が負うべき命だった! そしてそれは、僕のだってそうだ!」


 直後、ヤサウェイの腕は、俺の肩を掴んでいた。


「タケ! その両目を開いてしっかとり見ろ! 君が責任を負うべきは、僕達じゃない! ここにいる彼女達だろっ!」


 その力強い双眸は、俺にどこかを見ろと言っていた。

 間違うことなく、誰かを見ろと言っていた。

 決して、目を離すなと言っていた。


「俺は……――」


 気付けば、俺はサクラを見ていた。


 そして、メルクオーテを見ていた。


 今までずっと傍にいたはずの……見えていなかった彼女達を見ていた。


「タケ……僕は覚えているぞ」


 また、ヤサウェイの声が聞こえる。


「僕は君に、ヒサカを連れて行けと言ったんだ。君はやり遂げると言ったんだ。なのに君は、自ら取りこぼす命を選ぶのか……?」


 ふいに、抑えようもなく胸の奥が……わけもわからず溢れそうになる。


「それともタケ……僕の言葉なんて、君はもう忘れてしまったか?」


 あの日の言葉を、俺が――

「――忘れるはずが、ないだろうっ」


 けど。

 あの夜からずっと、わからないことだらけだった――。


「忘れてなんか、いなかった……だが……でも――俺はっ……俺は、どうすればよかったっ」


 後悔ばかりが溢れた――。


「何を選んでも、間違いだらけだったんだ」


 振り返ることが恐ろしくて、前を向くことに必死だった――。


「ただ果たそうと、必死だった……」


 そんな俺に、彼は答える。


「大丈夫だタケ。君はまだ選んでいる途中で、誰も失っちゃいない。まだ、迷ってたって良い」


 あの日の去り際と変わらない、彼らしい笑みを浮かべながら――


「タケ。僕は時間を稼ぐと言ったろ? 君が迷うと言うのなら、その時間は必ず僕が稼いでみせる」


 ――ヤサウェイは、俺に諦めることを許さなかった。


「だから君は間違った答えを、絶対に選ぶな」

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