第134話 124回1日目〈sakura3〉S★2

 黒い鎧の騎士さんと数名の騎士を伴い、ヤシャルリアさんは私をお城の最奥らしい空間に連れて来ていた。

 大きな石椅子が備え付けられた、物静かな場所だ。


「あの、ここは?」

「王座の間だ。今からここでお前に騎士の称号を与えるための叙任式を行う」


 さらっと言われた言葉に、私はぎょっとする。

 けど、ヤシャルリアさんは私の反応を見るなり、くすりと笑って返した。


「何、あくまで形式的なものだ。これを済ませたからと言って明日から兵の指揮を執れとは言わんよ。だが……これのあるなしでお前を見る兵達の目は大違いだぞ?」


 ヤシャルリアさんは腰元に差した細剣を抜き、王座の前に立つ。

 彼女は私に自分の前に跪くよう言うと、私の右肩に刀身を置きながら口を開いた。


「従来なら、格式ばった宣誓やらなんやらが必要になるのだが……」


 続いて、ヤシャルリアさんは細剣の刀身を私の左肩へと移す。


「まあ、お前は私や国を守るために騎士になるのではない。必要ないだろう」


 彼女は私へと右手の甲を差し出し、その手にはめられた指輪へ口づけをするよう促した。


「ただ、これ以降お前は他の騎士や兵から『黝輝石ゆうきせきの騎士』として扱われるが……まあ、気負わず振る舞うと良い。そういった格式ばった礼儀にうるさい騎士はもうこの国には残っていないのでな」


 そう言って、ヤシャルリアさんは細剣を鞘に納める。

 どうやら本当に、格式ばった言葉もなにもない内に叙任式は終わってしまったようだった。


 それから彼女は私に立ち上がるよう促すと、周りにいた騎士の一人を呼び寄せる。


紅玉こうぎょく。ここへ」


 直後、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら一人の小柄な騎士が歩み寄って来た。

 その騎士は私達の傍まで来ると、ビシッと背筋を伸ばして直立する。


「この者は紅玉の騎士。名はアイリーンだ」

「アイリーンさん?」

「ああ。お前と同じく女。それも野戦任官を経て今の地位にまでのし上がった悪運の持ち主だ。威厳や尊厳など何もない奴だが……だからこそのらりくらりと面倒事をかわす術も学べよう。よく頼ると良い」


 私はアイリーンさんに向き直り「よろしくお願いします」と、声をかけた。

 しかし、彼女は鎧兜に素顔を隠したまま、ただ黙って頷くだけ……。

 何か、知らない間にアイリーンさんの機嫌を損ねるようなことをしてしまったのかな?

 私は少しの不安を胸に首を傾げ、物言わぬ彼女をじっと見つめた。


 すると。


「紅玉? どうした?」


 ヤシャルリアさんもアイリーンさんの態度に違和感を覚えたらしい。

 ヤシャルリアさんは一度首を傾げ、不思議そうに尋ねたのだが――


「……まさかと思うが」

「…………っ」


 ――変わらず返答が得られないと、いきなり脅すような声を出した。


「貴様。黝輝石を騎士としたこと。不服があるのではなかろうな?」


 次の瞬間。


「……っ! ――っ!」


 アイリーンさんはガッチャガチャと鎧を鳴らし、バタバタと腕を振りながら首を振った。

 ……その様子からして、どうやら私の扱いに不服はない様なのだけど。


「――っ! っ!」


 相変わらず、彼女は頑なに声を発しない。

 でも。


「紅玉、貴様……ふざけているのか?」


 ヤシャルリアさんが細剣の柄に手をかけ、チャキッと音を鳴らして鞘から剣を抜こうとした瞬間――


「じっ、自分は! もう声を発してもよろしいのでしょうかっ!」


 ――アイリーンさんは、ぎゃんっと吠えるように叫んだ。

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