第135話 124回1日目〈sakura4〉S★2

 ようやくの返答を受け、ヤシャルリアさんは細剣の柄から手を離す。

 けど……。


「……言葉の意味がわからんな?」


 彼女はまだ、怒ったような冷たい視線をアイリーンさんに向けていた。


「お、畏れながら! 自分は姫様に二度としゃべるなと厳命されていましたので!」


 どこか頼りなさを感じさせる可愛らしい声でアイリーンさんは弁明する。

 だけど、ヤシャルリアさんは覚えていないという顔をしていた。


「まあ、良い。どういった経緯かは記憶にないが……その緊張感のない口に私が耐えかねたのだろう。ひとまず、しゃべるなという厳命は解く。サクラのことをよく見てやれ。いいな?」


 叱るような口調のヤシャルリアさんに、アイリーンさんは声を張り上げて「命に代えても!」と答える。


 必死とも言える彼女の了承を受け取とると、ようやくヤシャルリアさんは顔をほころばせた。


「さて。叙任式も終わった。盟約に従い、私は黝輝石ゆうきせきを家族の元に返そう思うのだが――」


 アイリーンさんに向いていた視線が、ふと黒い鎧の騎士さんへと向く。


「――赤鉄鉱せきてっこう……黝輝石を家族の元へ案内してやれ」


 彼女の口から新たな命令が告げられた途端、アイリーンさんの口から「えっ?」という声が漏れた。


「あ、あの! 姫様、そのような命でしたら赤鉄鉱様を使わずとも自分が――」


 恐る恐るアイリーンさんが口をはさんだ途端、ヤシャルリアさんの視線が彼女に刺さる。


 直後。


「――いっ、いえっ! 申し訳ありませんっ!」


 アイリーンさんは体を震わせながら、鋭い眼光に喉を潰されたみたいな裏返った声で答えた。


「私は、赤鉄鉱に命じた筈だが……お前も、聞き逃したか?」


 責めるような冷たいヤシャルリアさんの問い。

 彼女の視線の先には、黒い鎧を身に着ける騎士が静かに立っていた。


「まさか。聞き逃すなど」


 黒い鎧の騎士さんは、ヤシャルリアさんの眼光に臆す様子もなく、私の傍まで歩み寄る。


「では。姫の命令に従い……黝輝石の騎士よ。君を家族の元へ案内しよう」


 そして、彼は私に背を向けると鎧を鳴らしながら、ゆっくりと歩き始めた。

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