第132話 124回1日目〈13〉S★2

 ヤシャルリアの声を聞くなり、サクラは安心したように息を吐く。


「感謝します。ヤシャルリアさん」


 彼女が礼を言って頭を下げると、ヤシャルリアは微笑んで返した。


「礼などよい。それに……お前がこの先、この盟約を後悔しないとも限らんのだ」


 まるでサクラを気遣うように告げられた言葉。

 そこには、この先サクラが成さねばならないことに対する、過酷さの暗示があった。

 しかし、だからこそ。


「だが」


 過酷な要求を強いたからこそ、ヤシャルリアは今、サクラを人並みに扱うのだろう。


「だからこそ。盟約とは別に、私はもう一つだけ誓おう。これは、お前への好意の表れとして、私が個人的に誓うことだ」


 いつか、墓地の真ん中で俺に見せた殺人者の顔を捨て、ヤシャルリアは過酷を強いる責任を負う……王のような顔つきで告げた。


「サクラ。私はお前が許された時間――その刹那を謳歌できるよう、できるだけの取り計らいをしよう」

「それは……ええと?」

「難しく捉えるな。サクラ……いや、黝輝石ゆうきせきと呼ばせてもらおう」


 ヤシャルリアは一人頷くと、サクラに断ることもなく再び彼女のことを呼ぶ。


「黝輝石。私は魔導に無知ではない。魂を与えられた屍の体に、また別の魂をいれると言うことが何を指すのかはわかる」


 サクラの口から「あ……」と、短い声が漏れた。


「広くはないが、城の中に部屋を用意させよう。望むなら、お前達三人が共に暮らせるように」


 ヤシャルリアは、サクラが目的の先に自らの死を受け入れることを理解している。

 その上で奴は、まるでサクラをそそのかすようにも、言葉を付け加えた。


「もっとも。その者達……いや、その男と共にいることが、お前の真の意味での幸福につながるとも思えんがな」


 直後、ヤシャルリアの口元がにやりと歪む。

 だが――


「もう、決めたことだから……ニセモノでもいいんです」


 ――サクラは、ヤシャルリアに中てられはしない。


「私にはこの幸福が良い」


 サクラは真っ直ぐにヤシャルリアを見据え、迷いなく言葉を突き付けた。


「なら、何も言うまい」


 そう言ってヤシャルリアは口を結び、沈黙をもってサクラとの盟約を締める。

 しかし。


「それより、ヤシャルリアさん。貴方は私に、一体何をさせるおつもりですか?」


 サクラが新たな質問を投げかけると、奴は応答するためにもう一度口を開いた。


「いやなに、難しいことはない」


 ヤシャルリアは地獄のフタを開けるようにも、機嫌の良い声でサクラを誘う。


「お前には戦争をしてもらいたいのだ」


 苛酷かこくが臭い立つようなその声色は――


「私の小国を守るための、ほんの小さな戦争をな」


 ――サクラや俺達を、死地へと歩ませるものだった。

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