第127話 124回1日目〈8〉S★4

 敵に囲まれ、黒騎士に喉元へと黒剣を突きつけられる中――


「だから言ったんです。貴方が主で、むしろ好ましいと。私の主は、あなたでしょう。と」


 ――俺は束の間の内に、戦意を失ってしまっていたことをサクラに教えられた。

 メルクオーテに甘え、俺に涙を見せていた少女が敵に向かう姿に、教えられたのだ。


「サクラ……」


 思わず、彼女の名が声となってこぼれる。

 今、俺達の目に映るサクラには、およそこどもっぽさというものがなかった。

 だが、それは彼女にとって成長ではない。

 さっきまでのサクラの言動は、ただのつよがりだった。

 いや、勇気のある虚勢だった。

 おそらく、メルクオーテもそう感じただろう。

 もしかしたら、何人かは俺達と同じように、それを察することができたかもしれない。


 そんなサクラの虚勢を聴いて――


「なるほどな」


 ――と、ヤシャルリアは声に出して頷き、口元を緩め笑った。


 それは、相手を弄ぶような意図を感じさせない、今までとは明らかに違う笑み。

 この時、サクラを見つめるヤシャルリアの眼差しに俺は覚えがあった。

 以前、奴がヤサウェイに対して向けた眼差しと、それは同質のものだ。

 相手を好敵手だと認め、ある種の敬意すら感じさせる仲間意識に近い敵意。

 サクラは今、ヤシャルリアからとても奇妙な好意を向けられている。


「サクラ。お前は唾を飛ばすことができないと残念がっていたが……なかなかどうして、ずっとおもしろいことになったじゃないか。先程の啖呵が、口しか利けないお前にできた唯一という訳だ」


 ヤシャルリアは歌うような軽い口調で告げた後、一度口を閉じた。

 サクラを見つめたまま、奴は沈黙を楽しむように油断ならない笑みを浮かべる。

 次にヤシャルリアが口を開いた時、その声は一切の軽薄さを聞く者に感じさせなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る