第119話 124回1日目〈3〉S★3

 仇敵である魔女を前にして、俺の体は硬直したように動かない。

 理由は明白だった。

 たった一度の競り合いで、俺は黒騎士と自分の力量の差を思い知らされたのだ。


 背中を、冷えた汗が伝っていく。


 この瞬間、俺は奴に勝てるという結果を欠片も想像できなかった。

 頭の中に浮かぶのは、黒い刀身に血をあびせて倒れる自分の姿ばかりで……。

 俺は今、立ち塞がる黒騎士を前に指一本だって動かせる気がしない。

 むしろ、鉄条を握りしめ、手放していない自分を褒めてやりたいくらいだった。


 しかし。


「固まってる場合じゃないでしょっ」


 それではいけないのだと、メルクオーテは俺の肩を叩き、声をあげる。


「周りを見なさいっ」


 だが、身を屈めながら叫ぶ彼女は、まるで猫に追い詰められたネズミのようだった。


 切羽詰まった彼女の声に、やっとの思いで俺は首を動かせるようになる。

 黒騎士。そして、ヤシャルリアから視線を逸らし……俺は周囲に目を向けた。

 結果……。


「これは……」


 把握した現状を一言で表すなら、詰み――というやつだろう。


「ヤシャルリアは魔女って話だったけど、どっかの宮廷魔導士とかじゃないでしょうね」

「正直、この状況は……考えてもみなかった」


 今、俺達は周りを十数人の騎士に取り囲まれていた。


 皆、青みを帯びた金属の鎧をまとい、装飾などない剣を手にしている。

 その中には黒騎士のような特徴に溢れる者の姿はない。

 だからこそ、彼らが規律の元に組織され、鍛え揃えられた兵士であることは明白だった。


「殿下、ご指示を!」


 俺達を包囲する騎士の一人が、指示を仰ぐ。

 殿下と呼ばれた誰かに……。

 次の瞬間――


「殺さず捕らえよ。粗暴ではあるが、それは客将足りえる人物だ」


 ――殿下と呼ばれ、騎士達に指示を与えたのはヤシャルリアだった。


「はっ! 捕らえよっ!」


 騎士の号令が響き、同時にメルクオーテの舌打ちが耳に届く。


「宮廷魔術師どころの騒ぎじゃないじゃないっ! 逃げるわよ! 時間を稼いでっ」

「逃げるって、どうやってっ!」


 が、訊ねるだけ無駄だった。

 メルクオーテは既に詠唱を始めている。


「くそ! わかったっ!」


 俺は彼女の言われるまま、時間稼ぎのために近付いてきた騎士の一人に鉄杖を振るった。


「やあっ!」

「させんっ!」


 振り下ろされた剣めがけて鉄杖を薙ぐ!

 すると、鉄杖に刀身が触れるなり、騎士の持つ剣は砕けて折れた。


「なにっ?」


 驚愕に騎士の表情が歪む。

 そう! これが、本来だ!


 なのに、あの黒騎士はっ――。


 頭の中に浮かぶ疑問と心をざわつかせる焦燥。

 だが、負の感情に浸る暇もなく、騎士次々とは斬りかかって来る!

 続き二人目の騎士と相対した時、メルクオーテが俺とサクラの腕を掴んだ。


「術式起動! 転移陣っ、ハリハ!」


 しかし…………何も、起きない。


「……えっ?」

「メルクオーテっ? どうなってる!」


 騎士達が甲冑を鳴らし、雄叫びと共に迫りくる中。


「うそ……」


 メルクオーテの声は、簡単にかき消された。


「魔導が、使えない……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る