第110話 123回12日目〈3〉S★1

「タケの転移の力を、完全にアタシの管理下に置くって言う方がわかりやすいの、かな? それはアタシの協力なしに転移できなくなるということでもあるけど、これまでみたいな事故じみた転移よりはマシでしょ? それに」


 直後、メルクオーテはサクラを抱き寄せ、腕の中で彼女の体をくるりと回転させる。

 背中を見せていたサクラの瞳が俺に向くと、メルクオーテは彼女の頬に顔をすり寄せ、やわらげていた表情を冷水にさらしたように固くした。


「これでアタシも、あんたとサクラについていくことができる」


 その声色からは、彼女の強い決意と葛藤が伝わってくる。


「メルメル?」


 聞き逃しそうな衣擦れの後、サクラを抱くメルクオーテの手により力がこめられた。

 細い指が衣服へ食い込むと、彼女の指先は隠れて見えなくなる。


「最期まで、見届けるわよ。アタシ……」


 この時、俺は――


「ああ……わかってる」


 ――ようやくメルクオーテにかける言葉を、見つけられたと思った。

 それは謝罪でも、お礼でも、ましてや確認でもない。

 俺は、彼女達に向かって深く頭を下げた。


「メルクオーテ、よろしく頼む。サクラには、君が必要だ」

「ちょっ、急に何よっ」


 困惑する声が耳に届き、俺の視界には小さな自分の影と二人の履く靴が映る。


「どうか、この子をよろしく頼む」


 自然と視線が彼女達のつま先へと釘付けになる中、ふいにサクラが片足を動かした。

 彼女は静かに靴を浮かせ、それをメルクオーテの足にそっとぶつける。

 すると、しばらくもしない内に「こほん」というメルクオーテの咳払いが聞こえた。


「もう、わかったから。顔、あげなさいってば。ていうか、今更頼まれなくたって、そのつもりだったし……」


 彼女の言葉に顔を上げたが、メルクオーテは俺から視線を逸らし、目も合わせようとしない。

 しかし――


「それに、サクラだけじゃなく……今のあんたにも、アタシは必要だと思うけど?」


 ――そう言って明後日の方向を向いたままのメルクオーテをサクラは見上げ、彼女に抱かれながら嬉しそうに口元を緩めた。


「ああ、君の言うとおりだな」

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