名前-桜色-

第65話 123回6日目S★1

「サクラ! 髪をきちんと染めてあげるからこっち来なさい!」


 ――俺が抱いた不安や後悔は、解決せずとも一旦の落としどころを見つけた。


 メルクオーテの工房は円柱形した塔の左右に長い廊下がついている。

 ちょうど、丁の字を逆さまにしたような建造物だ。

 外見はスマートで、とてもいくつも部屋があるようには見えないだろう。

 そんな建物の別空間に部屋を作り、廊下の扉で行き来できるよう繋いであるというのだから、先進魔導とは便利なものだ。


 そして、その便利な工房には広い庭がある。

 俺は今、その庭に出て命じられた仕事をこなしながら走り回るメルクオーテと、人格を得たヒサカの体。いや、体を得たを眺めていた。


「嫌よ。メルメルってば雑なんだものっ、また髪の毛を引っ張る気でしょ!」

「だからごめんってば! ちょっとブラシを引っかけただけじゃないっ」

「メルメル! 私の髪の毛引っこ抜いたのにちっとも悪いと思ってない!」

「思ってるってば! 何度も謝ったじゃない!」


 メルクオーテをメルメルと呼び、止まることなく走る少女に、俺は名前を与えていた。

 呼び名がないのは不便だと思ったし、まさか彼女をヒサカと呼ぶ訳にもいかなかったからだ。


 しかし、だからと言ってヒサカ2号やセカンド、ツヴァイのように数字で呼ぶ気にもなれなかった。

 ヒサカと同じ顔をして、彼女のように笑う子を……モノのように扱いきれなかったからだ。

 だが、サクラと言う名前には、俺なりの線引きもあった。



「タケ! 助けて! メルメルに髪をいじらせないで!」


 俺の背中に隠れたサクラの肩を掴み、俺は彼女をそっとメルクオーテに差し出す。


「ほら、そのまだらな髪の色を綺麗にしてもらえ」


 すると、サクラは頬を膨らまして拗ねた。



 ……サクラ。

 それは俺の故郷に咲く花の名で、女の子の名前にも変じゃない。

 それに、桜は散るものだから。


 ヒサカを取り戻した時、俺はを失うことになる。

 なら、その心積もりはなくてはならないのだ。

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