第54話 123回1日目〈4〉S★1

 思い至らない筈がない。


「ねえってばっ!」


 もう、少女の声は耳に入らなかった。


「どこ行く気よ!」


 だが、心が急いても体は思うように動いてくれず、後から追いかけてきた少女に簡単に追いつかれてしまう。


「もう! 無視しないで!」


 そして、彼女に肩を掴まれぐいっと引っ張られると――


「うおっ」

「ひゃっ」


 ――俺は簡単に態勢を崩され後ろに倒れ込んでしまった。

 すると、尻餅をつきながら不本意に少女と体を重ねてしまう。

 衣擦れや彼女の僅かな体温を背中で感じながら、体を襲う鈍痛に顔をしかめた。


「重いったら!」


 直後、どんっと背中を押され、俺は前のめって床を拝むことになる。

 その後、陽光が差し込む床から顔を上げると、視線の先にはいくつもの扉が備え付けられた通路が続いていた。


 思うように動かない体に、目の前の通路……。

 俺は床に這いつくばったまま、視線を落としてしまう。

 そうして束の間固まってしまった俺に、少女は声をかけた。


「……ねぇ、あんた大丈夫?」


 変なものを見る目で、彼女は心配そうな声を出す。

 鈍痛に口元を歪めながら体を起こそうとする俺に、少女は手を差し伸べた。


「……すまない」

「いや、いいけど。無理はやめてよ。貧乏人だからって、助けた奴に目の前でけがされるのはちょっと」


 謝罪を口にした俺に、彼女は妙にしおらしい口調で言う。

 つい先程まで怒っていた彼女の変化に、俺は苦笑してしまった。


「あまり……胡散臭い男に手を差し伸べるべきじゃないな」

「……強がらないでよ。ボロボロのくせに」


 少女は「歩ける?」と小声で訊ね、俺の腕を自分の首に回す。

 その姿が、また似てもいないヒサカと重なった。


「優しいな……俺の知ってる子に、よく似てる」

「ば、ばっかじゃないの!」


 ついこぼしてしまった言葉が耳に届いたのだろう。

 彼女は大声を張り上げ、俺の耳をキンッとさせた。


「いいっ? に、二度と言わないでっ。次言ったらお金とるからねっ」


 その横顔はとてもきまりが悪そうだ。

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