約束-僕-

第45話 122回111日目〈33〉S★4

 その声に、俺はヤサウェイが生きていたと確信する。

 しかし――


「軽口をっ! 人間でないなら私の下へ堕ちろっ!」

「ぐっ」


 ――ヤシャルリアが叫んだ直後、押し殺したようなヤサウェイの声が発せられた。


「ヤサウェイッ! くそっ――」


 その声は、彼の身を案じさせるには十分すぎる。

 だが、俺はヒサカに体を抱き込まれ、身動きが取れない。

 灰褐色の手足は俺に腕を回し、足を間接に絡ませ、押し退けることはおろか、起き上がることさえ許すつもりがなかった。


「――ヒサカッ頼む! 退いてくれっ!」


 それが無理な要求だとわかっている。

 それでもと俺が彼女の腕の中でもがいていると――


「うっ……ぁっ」


 ――ふいに、ヒサカがわずかに首を傾けた。

 それは今、彼女にできる精一杯だ。

 しかし、おかげで俺は視界にヤサウェイの姿を捉えた。


 自らのサーベルに加え、腹にヤシャルリアの細剣を突き刺された、彼の姿を……。


「ヤサウエエエェイッ!」


 口を吐いて出る叫びに、ヤサウェイは答えない。

 そして、細剣を突き刺したままヤシャルリアが口を開いた。

 

「答えてみろ。剣で体を貫かれてなお動かんとする貴様は人間か? それとも屍か?」


「…………」


 俺にだけではない。

 ヤサウェイは、もはや誰の声にも答えなかった。

 その反応に満足したのか、ヤシャルリアはにやりと笑って細剣を引き抜く。


 その後、血の付いた刀身を振り払い、剣を地面に突き立てた。


「堕ちたか……沈黙は屍の美点だ。よく仕えてもらうぞ」


 そう言葉を残し、立ち尽くすヤサウェイに背を向け、奴は俺達に近づいて来る。

 ヤシャルリアは手に杖を持ち――


「これより、転移の儀式を執り行う!」


 ――再び、言い放った。


ついの世! 死の門! 冥界の理よ! 我が名、我が血、我が契約において、死道をもって異界の扉を開け!」


 奴がヒサカ達を屍に堕とした時と同様に祈りを口にした途端、押し倒された地面の周囲が輝き出し、その光は円を描き出す。


 それは、奴の目的が完遂する予兆だった。

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