第43話 122回111日目〈31〉S★4

 鉄棒はヒサカの体を貫いてぬかるんだ地面へと彼女を刺し留める。

 あとは鉄棒の端を折り曲げれば、ヒサカの体は抜け出せなくなった。

 しかし、彼女の体は鉄棒から抜け出そうともがき始める。

 そんな体とは違い、ヒサカは涼しい顔をして俺を見つめていた。


 彼女の肩からは、血が一滴たりとも出ていない。


 それが何を意味するか。

 俺は視界に入る灰色の腕を見て唇を噛む。

 そして、もはや彼女のものではない肩を掴んで叫び――


「絶対に戻す。だから待ってろ! 約束するっ! だから――」

「――うん。待ってる」


 ――言葉をヒサカにつがれると、俺は約束と彼女を置き去りに、ヤサウェイの元へ走った。




 だが。


「ふふ。やはりの屍では、お前の相手はきついか」


 今、俺の目前には細剣を鞘に納め、余裕の笑みを浮かべるヤシャルリアがいる。


「だが、まあ。時間稼ぎにはなったな。流石に私も、お前達を一度に相手取る気はなかった」


 奴はそんなことを口走り視線を落した。


 そこには、一人の男が膝をついている。


 彼は腹にサーベルを突き刺し、銀の刀身を背中から突き出して沈黙していた。


「ヤサウェイ……」


 その光景は俺の希望を簡単に打ち砕く。

 ヤサウェイは自らの手で自身の腹に剣を突き刺してうつむいていた。

 それはヤシャルリアと剣戟を交わしていた彼にとって、あまりに似合わぬ姿だ。


「なんで……」


 思わず、口からこぼれた疑問。

 しかし、それにヤサウェイは答えない。

 代わりに、口を開いたのは――


「斬り残しがあったのだ」


 ――奴だった。

 ヤシャルリアは口元を歪め、勝ち誇った笑みを顔に張り付ける。


「斬り落とした腕に、私の加護を受けた肉が残っていたのだ。まあ、それが奴の利き腕を支配するまでに、時間がかかってしまったが――」


 俺は、その言葉を聞き届けることはなく、思い切り奴に殴りかかった!

 だが――


「ぐっ」


 ――俺は背中に衝撃を感じて前のめりに倒れてしまう。

 振り向くとそこには、表情を失ったヒサカが立っていた。

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