第42話 122回111日目〈30〉S★3

「俺は……今からお前に、ひどいことをする。それでもいいか?」


 自分でも思う。

 なんてかっこわるい言葉だろうと。

 けどそのかっこわるさはヒサカに顔をあげさせ、謝り娘に歯止めをかけた。

 彼女はぽろぽろとこぼしていた涙を止め、困ったように笑って見せる。


「それって、虫を食べるよりもひどいこと?」

「どうだろう。少し迷うが……いや、きっとひどいな」


 俺の答えに、ヒサカは「なにそれ」と微笑んで返した。

 だが、彼女は束の間に頬をゆるめた後、ロウソクの火を消したように笑顔をなくす。

 そして、とても真剣な眼差しで俺をみつめて言った。


「タケ……あたしね。どんなことがあっても、人間でいたい……ハキ達を殺したモノと同じになるのは嫌」


 そこまで言ってヒサカは一度言葉を止める。

 その唇は目に見えて震えていた。

 だが、彼女が次に発した言葉は強い決意を滲ませていて――


「だからお願い。あたしに、どんなひどいことしてもいい。今度こそ本当に、あたしをたべたっていい。だから」


――俺の彼女を失うかも知れないと言う恐怖を、決して彼女を奪わせはしないという決意に変える。


「タケ。あたしを、あんなばけものにしないで」


 死を誘ってなお生き、戦おうとするその瞳に俺は「わかった」と言葉にして誓った。


「絶対、お前をバケモノにさせたりしない」


 直後、俺は行動に出る。

 ヤサウェイのように大胆に、この状況を不敵に見据えた。


 手にしていた鉄棒を一度手放し、ヒサカの両腕を掴む。

 彼女があてがった刃を首から遠のけ、俺はヒサカの――彼女の細腕を握りつぶした。


「ずいぶん、やさしいね」


 もう、灰色の腕は痛みを感じないのだろう。

 彼女は顔色一つ変えない。

 俺はヒサカの腕を離さず、力任せに押し返した。

 すると、ごろんと俺達は体が回転し、俺は彼女に馬乗りになる。

 その後、鉄棒を再び拾って二つに引き千切り――


「行くぞ」

「がまんするね」

「いい子だ」


 ――ヒサカの両肩に、杭のように深く突き刺した。

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