第33話 122回111日目〈21〉S★2

「まずは貴方からです」


 そう言うなり、彼女はヤサウェイの負傷した腕を握りしめた。

 すると、腕を掴まれたヤサウェイは痛みに顔を歪めながら口を開く。


「いや、僕は後でいい。先にヒサカを」


 しかし、黒衣の神官は首を振り彼の申し出を断った。


「長くはかかりません。それに、急がねばあなたは腕を切り落とすことになります」


 直後、それでもとヤサウェイは反論しようとしたが、強く腕を掴まれると「うっ」と短い悲鳴を最後に黙らされてしまう。

 その後、彼女はうつむくと、そっと唇でヤサウェイの手に触れた後、折れた腕を優しくさすりながら小声で祈りを口にする。


「闘士よ。ついの中より、死の安らぎを越えよ。我が名、我が血、我が契約において永久に死の束縛を処す……」


「ずいぶん、物騒な祈りだな」


 黒衣の神官の祈りを聞き、ヤサウェイは表情に苦痛を浮かべながら軽口を叩いた。

 だが、黒衣の神官はそれに答えず沈黙を貫いている。

 集中、しているのだろう。

 ピリッと張り詰めた空気が彼女から伝わってくる。

 しかし、少し時間が空くと、黒衣の神官はまた口を利いた。


「陰気な教えと思われますか?」


 その問いに、ヤサウェイは痛みで表情を歪めたまま答えようとしたが――


「いや、決して――っ?」


 ――途中で声を途切れさせる。

 彼は顔から苦痛の二文字を消し、代りに驚愕の文字を浮かべていた。

 何があったのかと尋ねようとした時、彼は勢いよく俺に振り向く。


「痛く、ない」


 俺は、ヤサウェイに聞かされた言葉。その意味を理解できなかった。

 けれど――


「痛みがなくなったっ」


 ――再び、彼が折れた腕を動かしながら言い放った途端、ようやくそれを理解する。

 俺達は互いの顔を見合わせ、すぐに黒衣の神官へと目線を移した。

 すると、彼女はどこか誇らし気な声で言う。


「ええ。彼から。次は彼女を同じように――」


 それは、俺にヒサカを救う術がまだあるのではと思わせるに十分だった。


「――救ってみせましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る