第34話 122回111日目〈22〉S★3

 黒衣の神官はヒサカの傍に膝を着くと、彼女の胸元へと手を伸ばす。

 そして、ヤサウェイの時と同様に祈りを口にした。


 その様子を俺とヤサウェイは静かに見守る。


 すると、ふいにヒサカの指先がぴくりと動き、次の瞬間、俺は自分の目が信じられなかった。

 彼女の傷口から垂れ流れていた血がゆっくりと逆流を始め、裂けた肌の中へと戻っていく。

 しかも、血が傷の中へ戻る度に、肉と肉、皮膚と皮膚が繋がり合い、みるみる傷口が塞がり始めたのだ。

 瞬く間に、ヒサカの腕は本来あるべき姿を取り戻した。

 しかも、腕だけではない。

 石片が刺さり、ぽっかりと大口を開けた腹の傷までもが塞がり始める。

 青白かった顔にも血色が戻り出し――


「……タケ?」


 ――彼女は俺の名を呼んだ。

 虚ろだった瞳がしっかりと俺を捉え、苦痛に塗れていた口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。


 俺は、地獄みたいな連続の中にいて……今、嬉しさに声が出なかった。

 目の奥が熱くなって、押しとどめられない感情が溢れだす。


「……何度も、タケ食べてって言ったのに、食べてくれなかったね」

「あんな時にそんな冗談、聞ける訳ないだろ……」


 俺はヒサカの手を握り、ごつんと自分の額に押し当てた。

 直後、こんな顔を見られて堪るかと、即刻顔をうつむける。


「なに? どうしたのよ……」


 ヒサカはそんな俺に、不思議そうに尋ねた。


 もう、体に触れても彼女は痛みに声をあげることもない。

 それが、心底嬉しかった。


 しかし――


「……ヒサカ?」


 ――刹那、俺は妙なことを気にした。

 嬉しさに強く握りしめた手が……ヒサカの手が、ひどく冷たい。


 それこそ、氷のように……とても、生きた人間の体温には思えなかった。


 胸の中に、どぷどぷと不安を注がれる音が聞こえる。

 俺は涙が止まった目元を拭わず、必死に何かを否定したい想いで顔をあげた。


 すると、ヒサカの肌が目に入る。

 血色を取り戻していた彼女の肌は……何故か、影を混ぜたような薄い灰色に染まり始めていた。

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