第12話 122回109日目〈11〉S★1

 あれが20回だか30回目くらいの転移の時だった。

 以来、俺は転移の成功率が下がることを承知での肉や魚の生食は控えている。


 今日だって、生で食用虫を食べたのはずいぶんと久しぶりだった。


 そう言えば、本当にずいぶんと久しぶりだ。

 考えたくはないが、正直、今の自分は自棄を起こしているのかもしれない。


 最近は虫に限らず他の食材を生で食べることも無意識に避けていた気がする。

 俺はだんだん、帰れなくてもいいと思い始めているのかもしれない。


 いつまでも転移しない現状に、いつまでも変わらない122回目の世界に辟易としながらも、この世界に慣れ始めているのかもしれない。


 何を口にしても転移せぬまま、直に100と10日が経とうとしている。

 いっそ本当にゾンビでも食べてしまおうか。


 そう、思い付いた途端、それこそ自棄だ、と思い直した。


「もう、虫は食べなくてもいいかもな」


 今までの経験上1度食べた食材と同じもの、あるいは酷似したものや同じ品種の食材を食べて転移が起こったことはない。

 例えばオオカミの肉を食べて転移した後、犬の肉を食べても転移が起こらなかった。


 確信は持てないが、もう虫を食べての転移は打ち止めなんだろう……。


「はぁ……どんどん食べるものが少なくなるな」


 ため息を吐き、つい愚痴をこぼしてしまった。

 すると先程まで商店を見ていたヒサカが俺に目線を戻す。

 彼女はきょとんと首を傾げて口を開いた。


「何言ってるの? 今来て食べ始めたばっかりじゃん。まだまだ食べるものは多いよ?」


 ヒサカの言葉に一瞬、なんと返せばいいか戸惑う。


「いや……そう、だな」


 返答に詰まった俺を見て、彼女はくすりと笑った。

 その後、ヒサカは甘い香りに誘われたのか「焼き菓子だ!」と言うなり走り出す。

 俺はいつの間にか珍味めぐりという目的を忘れ、あとはただヒサカとの甘味めぐりを楽しみ始めていた。


 次の仕事までの束の間の休息として。

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