始 章 『虹色世界』

「ミンナ・・・・・・」


弾けるでもなく収束するでもなく、

それぞれの記憶と想いが

ボクそのものを模った・・・


「ボクの妄想・・・

 そして創造・・・

 ボクの想像が創り出した

空想の夢世界

 魂魄界・・・」


そう考えていると、

魂魄界での出来事が

柔らかく軽やかに

フラッシュバックを始めた。


魂魄界・・・


あの世界感・・・色彩・・・感触・・・


その世界に確かに存在した住人・・・


アルフも

アクアリンも

パルポルンも

パンさんも


そしてラフレシアさえも・・・


全てがボクの・・・創造物・・・


でも・・・


まだ、はっきりと残っている。


あの世界感、


そして彼らの確かな存在感と温もりが。


「夢や幻なんかじゃない」


そう言い切れるほどに・・・


ボクそのものに


あまりにも濃く深く息づいている。


明滅することのないその記憶の断片は

破綻することなく

カタチを成したまま

ボクの一部となった。

そんな、

ほんの一部のはずのボクそのものが、

まやかしの体に

『悲しみ』を纏わせた・・・

まとわり付き流れ溢れる悲しみの中、

何かが遠ざかり

何かが近づく気配を感じた。

二度と行くことのできない場所への

辛辣なホームシック・・・

心底待ち望んだはずの

ボクの居るべき世界への帰還・・・

現実として両立し得ない

共存する二つの世界への思いが

例えようもない不安と悲哀を

さらに加速させた。

近づく気配が大きくなるにつれ

溢れる悲哀を拭う気力も

削り取られていった。

息苦しい孤独感が

無尽蔵に折り重なり

抗うボクが壊れないぎりぎりまで

押し潰した・・・


「・・・ワスレナイヨ・・・」


苦痛とも恐怖とも言えない

例えようもない悲哀、

そして胸の奥深くに眠っている

微かな、しかし確かな歓喜。


そんな思いが入り乱れる中、

突然、痛みの無い衝撃が

ボクの胸を穿った。


それが何なのかわからなかったが

一瞬にして、

胸の真ん中に

ポッカリと大きな風穴が空いた。

何か大切なモノを忘れてるような

そんな、小さくも大きな空虚さと

得体の知れない不安が宿った。


「何だ・・・この感覚・・・」


深く気にかける間もなく

衝撃の余韻も肩の力と共に消え去ったが

宿った感覚は消えなかった。

そのまま意識が遠ざかり

深い暗闇の深淵へとひきずり込まれた。


程なくして、

意識が明るさと温かみを帯びた。

何の感情も湧かないまま

暫く流される感覚に

無気力のまま身を任せていたが

時間が経つにつれ

安心感にも似た心地よさが

じんわりと広がってきた。


「なんなんだろう・・・

 この心地よさは・・・」


しがらみが存在しない空間

とでも言えばいいのか・・・

仮初めの虚構と感じつつも安心できた。

ただ、懐かしさがあるわけでもなく

どこかも分からないこの場所が

『いよいよ』

な瞬間を迎えようとしているのが

ボクにも容易に理解できた・・・

ふと気付くと、

今まで何も無かったモノが

進む先に見て取れた。


「街灯・・・」


どこにでもありそうな、

しかも、

どこか見覚えのあるような

そんな古びた街灯が

薄明るい辺りを柔らかく照らしていた。

次第に近づく街灯。


「どっかで・・・」


やはり、見覚えがある。

あるにはあるが、思い出せない。

そんなむやむやした感覚に

自分会議を始めようとした次の瞬間、

その街灯が明滅し始めた。

まるで意思でもあるかのように。

その明滅は3秒ほどでやみ、

一瞬にして辺りが暗闇に包まれた。

同時に劈くほどの静寂が辺りを支配し、

一閃、耳鳴りにも似た高周波音が走った。


「うわっ

 なんだ・・・」


その不快な音は、

体を突きぬけ跡形も無く消えた。

すると、思い出したかのようにまた

その街灯はうっすらと点灯した。

気付くと街灯の真下に来ていた。

柔らかい灯りが、さらに明るさを増し

自分の体が光に溶け込むような感覚に

意識が遠ざかった・・・


「ん・・・っん・・・」


どれほどの時間

『無』に支配されていたんだろうか。

ボクは意識が戻るなり、

その瞬間が迫っているのがわかった。

深海から海面に向かうような感覚に

歓喜と不安が入り混じった・・・


「たか・・・かゆき・・・・・・

 たかゆき・・・」


その微かに聞こえる声の方へと

流れ泳いで行くと

忘れかけていた

重力というものを感じた次の瞬間、


ボクは・・・そこにいた・・・


「おかぁさんったかゆきがっ」


「たかゆきっ」


「たかゆきっ」


聞き覚えのある声色が

少しだけ跳ねていた。

エリ・・・

おふくろさま・・・

明るいだけの世界に

懐かしい顔と

見覚えの無い天井が

ぼんやりと浮かび上がってきた。


「たかゆきっ」


「たかゆきっ」


視界の輪郭が現実味を帯びてくる中、

久しく感じていなかった重力が

心地よく体を支配した。


「エリ・・・おふくろさま・・・」


「うんっ

 そうだよっわかる?」


「よかった・・・」


どこか懐かしい二人の顔が

心配そうにボクを覗き込んでいた。


「先生を呼んでくるわっ」


そう言って、

おふくろさまが部屋を出た。


「たかゆき・・・」


エリの様子に

一瞬何が何だかわからなかったが

握られたエリの手の温もりから

還ってきたのだと思い知らされた。


「ここは・・・」


「良かった・・・

 目覚めてくれて・・・

ここは病院よっ」


「エリ・・・

 病院?」


「そう

 大丈夫?」


「大丈夫・・・

 なんでここに・・・」


「私達、事故にあったんだよ

 咄嗟にたかゆきが私をかばってくれて

 たかゆきがはねられちゃったの」


涙するエリの手を握り返しながら

現実と向き合った。


「はねられた・・・」


「うん」


「たかゆきのおかげで・・・

 私は意識を失っただけで軽傷だったの」


「え・・・」


「覚えてない?」


「あの時・・・

 急に大きな光に包まれて・・・

 大きな音のあと衝撃が走って・・・

 そして・・・

 気付いたらエリを抱えてて

エリの数字が・・・

 確か・・・

数字が・・・0に・・・」


「数字・・・?」


「うん・・・」


「私の記憶では、

 咄嗟にたかゆきが庇ってくれて

 柔らかい衝撃のあと

訳もわからないまま意識が遠のいて・・・」


「オレがエリを庇った?」


「うん

 それは確かだよ・・・」


「どうなってんだ・・・」


「おかぁさんの話では、

 大きな衝撃音が聞こえて

家を出てきた時、

車が壁に衝突してて

そのすぐ横に

私達二人が倒れたんだって

その時、既に私達二人とも

意識がなかったそうよ

おかぁさんが救急車を呼んでくれて

おかぁさんと三人

この病院へ搬送されたんだって」


「・・・そっか・・・」


「うん」


「・・・で、病院なんだ・・・

 ここ・・・」


「うん、そうだよ

 今は無理しないでゆっくりして・・・

 きっと、

すぐに良くなるから」


エリはそう言うと

握った手にきゅっと力を込めた。


「オレ・・・

 夢を見ていたよ・・・」


「夢・・・?」


「うん・・・

 どんな夢かは全然覚えてないけど・・・  でも・・・

 このあたりが温かいんだ・・・」


そう言って胸に当てたボクの手に

エリが優しく手を重ねてきた。


「じゃあ、

 きっと素敵な夢だったんだね・・・」


「うん

 そんな気がする」


「でも、本当に良かった・・・」


次の瞬間、

聞き慣れたあの金属音が鳴り響いた。

見上げると

それはエリの上に浮いていた・・・


「78・・・23・・・」


「えっ?

 今、浮いてるの?」


エリはそう言うと、すぐさま見上げたが


「やっぱり、見えないやぁ・・・」


と、寂しそうな表情のまま

天井を仰いでいた。

数字はいつものように

ゆっくりと回転していたが

一瞬強く輝いた次の瞬間

両方の数字が

激しくカウントアップを始めた。


「えっ?」


「どうしたのっ?」


「両方とも

 急激に数字が上がり始めた・・・」


「えっ?」


「うわっ」


「なになにっ?」


呼応するかのように

横回転のスピードも増してきたせいで

一瞬、平衡感覚を失い

軽いめまいに襲われた。


「大丈夫っ

 たかゆきっ?」


「大丈夫っ・・・

 ちょっとめまいが・・・

 もう治まったから平気だよ・・・」


目眩・・・めまい・・・

どっかで・・・

考えたが思い出せなかった。


「ほんとっ?」


「うん

 ごめんっ

大丈夫っ」


改めて

ゆっくりとエリの頭上を見上げると、

さっきまでの勢いや激しさは無く

緩やかに穏やかに

一つのかたまりが

形を変え、

色を変え

蠢いていたが

最終的に『∞』と表示された。


「∞・・・?」


「無限大?

 無限大って浮いてるの?」


そう言ってエリが頭上を見上げた。


「うん・・・

 記号のほうの・・・ね・・・」


「メビウスの輪みたいなこんなの?」


そう言って

エリが指で八の字を書いて見せた。


「うん

 そう・・・」


「無限大かぁ・・・」


「無限大・・・無限大・・・

 これも・・・どこかで・・・」


思いっきり引っかかる中

記憶の足跡を辿ろうとしたが

まだ頭の中は

深く濃い霧に覆われているかのようだった。

エリの頭上を見上げるボクに


「まだ見えてるの?」


そう言ってもう一度、

自分の頭上を見上げたあと、

また少しだけ物悲しそうに

ボクに視線を落とした。


「やっぱり・・・

 私には見えないや・・・」


「そっか・・・」


「うん・・・」


「でも、もうこれが最後だと思う・・・

 たぶんだけどね・・・」


「どうして?」


「ん~

 なんとなくとしか言い様がないけど・・・

 無限大って変わりようがなくない?・・・」


「そっか・・・

 それもそだねっ」


「無限大・・・

 何とも大雑把な感じだけど、

よく言えば壮大な感じだ」


気の利いたことのひとつでも

言おうと思ったが

何一つ出てこなかった。

その時、

タイミングが良いのか悪いのか

おふくろさまと先生

その後に看護士さんが1人

雪崩れ込んできた。


「たかゆきっ

 大丈夫?」


初めて見る

おふくろさまの心配そうな顔。

少しやつれて見えた。


「あぁ・・・大丈夫だよ

 おふくろさま・・・」


冗談や悪態がないことから

相当、心配かけたんだと思い知らされた。

 

先生の軽い問診で、

もう大丈夫と言われたが

一応、明日一通りの検査をして、

異常が無ければ

今週中に、退院することができるらしい。

今日が、何曜日かわからないが・・・

その旨を告げ、

ボクら3人を残して

先生と看護師さんは部屋を出た。

もやがかった記憶のまま

暫く病室の天井を眺めた・・・

ぼ~っと見上げる視界に

ふと点滴があることに気付いた。

今までも見えてはいたんだろうが、

今認識できた。

そっか・・・

本当に病院なんだ、ここ・・・

今更ながら、改めて気付いた。

もっと驚いたことに

千羽鶴が3つも吊るされていた。

相当、心配掛けたのが

カタチとして残っていた。

先生が部屋を後にしてから

誰も一言もしゃべらなかった。

きっと、

それぞれ色々な思惑の中

安堵を噛み締めていたんだと感じた。

そんな

いつまで続くかわからない沈黙に

終止符をうったのは

さっきとは違う看護師さんだった。


「神崎さん、具合はどうですか?」


「大丈夫です」


「点滴、あと15分程で終わりますから

 終わったらナースコールしてくださいね」


「はい

 ありがとうございます」


全部、エリが受け答えした。


「有嶋さん。

 あなたもまだ無理しちゃだめよ」


「はい」


「・・・?」


エリも・・・?


「エリっ」


「シ~ッ」


そう言って、ベッドの反対側を指差した。

見ると、ベッド脇にある簡易ベッドで

おふくろさまが寝息を立てていた。

緊張が解けて一気に脱力したのだろうか

ほんの10分程しか経ってないのに

沈むように眠っていた。


「おかぁさんも、疲れちゃったんだね。

 ずっと心配してたもん」


「そっか・・・

 心配かけちゃったな・・・

 エリもごめんな・・・

色々・・・」


「そうだぞ~

 心配したんだから・・・」


「ごめん・・・」


「私のせいで

 たかゆきにもしものことがあったら

 ワタシ・・・」


そう言うエリの肩が小刻みに震えていた。

エリの不安に寄り添おうと手を伸ばしたが

届かないままもそもそと手探りしていると

クスッと笑って手を伸ばしてくれた。


「ははっ」


何とも

恥ずかしいやら格好つかないやらで

笑顔がひきつった。

エリの手を軽く引き寄せると

真新しい包帯が見えた。


「それ・・・」


「あっちょっと擦りむいちゃって・・・」


と笑ったが、

気遣いだということは直ぐにわかった。


「そっか・・・

 痛くない?」


「うんっ・・・

 大丈夫っ

ありがとっ」


久しぶりに

目が合って会話できたことに

ドキドキもきゅんきゅんもしたが

まだ朦朧としているせいか

意外と平静を装えた。


そんな中、


「結婚式には呼んでおくれよ~」


と、全く予想だにしない方向から声がした。

びっくりしたボクは

手を引っ込めようとしたが

エリがきゅっと離さなかった。


「もちろんですわっ

 おかぁさまっ」


「まぁ~この子ったら~

 出来たお嫁さんだことっ」


「ありがとうございますっ」


「ふふっ」


「ふふふっ」


何劇場だこれ・・・


「でも、エリちゃん、

 あなたも疲れたでしょ

 送っていくわ

 ありがとう・・・

 もう大丈夫だから

今日はゆっくりと家で寝なさい」


急に、

おふくろさまが大人な表情になった。


「はい、おかぁさん

 でも大丈夫です

 さっき、うちの両親が

お見舞いに来るって電話があったから

 便乗して一緒に帰ります」


エリも相変わらず恐ろしく空気が読める。

瞬時に素に戻った。


「そう

 それなら安心ね

 丁度良かった

 まだろくにお礼もしてなかったから・・・

 エリちゃんにも色々無理させちゃったし」


「そんなことないですよ

 たかゆきがしてくれたことを考えたら

 足りないです・・・

全然・・・」


ちょうど点滴が終わった頃、

エリの両親・・・

ボクの二人目の上品な方のおふくろさまと

今のおやじさまが見舞いに来てくれた。


「たかゆき~

 心配したぞぉ~

大丈夫か?」


「あっはい」


「はい?

 ん?

打ち所が悪かったか?」


「お父さんっ」

「あなたっ」


「冗談だよ~」


「もうっ

 ごめんね~たかゆきぃ」


「全然っ」


「私もそう思ったわよ~

 あなたが『はい』だなんて」


「ははっつい・・・」


「でも、良かったわ

 ありがとう、たかゆき

今はゆっくり休んで

早く良くなってちょうだいね」


「はいっ・・・あっ」


「おいおいっ

 本当にどうしたんだ、たかゆきっ

余所余所しくて泣けてくるじゃないかっ」


「すいませんっ」


「ほらっ

 やっぱり変だっ

私だけじゃなくかあさんにまで

敬語だぞっ」


「敬語じゃなくて丁寧語でしょっ

 今さっき目覚めたばかりだから

 ちょっと混乱してるんだよきっと」


「ならいいんだけどなぁ」


二人とも、

自分の子のように喜んで安心してくれた。

おやじさまは話をしたそうだったが、

上品な方のおふくろさまが気を遣って

5分くらいで5人で部屋を出た。

見送りから帰ってきた

おふくろさまが言うには

退院の日は

おやじさまが迎えに来てくれる

とのことだった。


「おふくろさまにも心配かけたねっ

 ナースコールすりゃ~い~のに

飛び出して行っちゃうくらいだもんな」


「おぬし、

 あの世で何を学んできたぜよ

 まだまだ修行が足らんのぉ~」


「相変わらず出鱈目な言葉遣いだな~

 ってか、何の修行だよっ」


出鱈目な言葉遣いと、

そのフレーズが妙に引っかかったが、

全く思い出せなかった。


「そんなことじゃ

 親心をわかるのは

ずっと先になりそうでごわすなっ」


「親心?

 ははっ

 まぢ訳分からんけど

ちょっと元気でたわっ」


「そりゃ~よ~ござんしたっ

 そのまま超回復しなっせ」


「あいよっ」


この言葉に、

おふくろさまは微笑んだだけだった。

きっと、本当に心配かけたんだろう。

そうこう自分会議していたら、

いろんな想いが込み上げて

複雑な心境になった。


夜ご飯は点滴だった。

1週間、こん睡状態だったんだから

当たり前と言えば当たり前だ。

確かに、食欲もない。

おふくろさまは、弁当を買ってきていた。

久しぶりの一緒の夕食の中

おふくろさまが色々教えてくれた。

ボクは1週間眠り続けたということ。

エリも一生懸命看病をしてくれたこと。

その疲労と心労のせいで

3日目に倒れてしまったこと。

エリが復活してから、

二人で別々に

思い思いの千羽鶴を作ったこと。

出来上がった同じ日に、

ボクのクラスメイトも

千羽鶴を作って持ってきてくれたこと。

エリは決して

誰の前でも涙を見せなかったこと。

かい摘みつつも

最低限の必要な情報は教えてくれた。

途中、

病み上がりに千羽鶴を折らせたのかと

つっこみたかったが

おふくろさまの

いつにない真剣な表情と

疲弊してる風な様子に

聞き流した。

そして、

沈痛な面持ちで

おふくろさまが最後に

ゆっくりと話し始めた。


「あなたが2歳の時の夏

 家族三人で

初めてのキャンプに出掛けたの

 お父さんはお医者さんしてたから、

お正月とお盆以外は

中々休みが取れなくて

 開業して5年目で

やっとそれ以外でも

お休みがとれるようになったの

 お父さん、

あなたがお腹にいる頃からずっと

家族でキャンプに行きたがってた

 あの人の、

ささやかな夢の一つだったの

 それがやっと叶うって、

 何ヶ月も前から計画を立てて

それはもう張り切ってた

 普段、

あまり感情を表に出さない人だったけれど

 あの時は、

指折り数える子供のように

本当に無邪気にはしゃいでた

 そしてその待ちわびた日がとうとう来たの。

 夏真っ盛りの、

それはそれは陽射しの強い日だった

 キャンプ場のある湖に着くと、

幾分涼しくて

 セミの鳴き声も、遠くに近くに、

景色に溶け込んで心地よかった

 初めてのキャンプ場に、

あなたは車酔いしたのも忘れて

駆け回った・・・

 見るもの全てに興味を示した

 私もあの人もあなたの質問攻めで

 もう・・・うんざり・・・

って冗談よ

 ふふっ」


「なっ・・・

 真剣に聞いてたのになんだよっ」


「お父さんは個人で

 心療内科を開業していたんだけど

 その診療所には常に花が活けてあったの

 あの人が好きなのもあったんだけど

 患者さんが少しでも

リラックスできるようにって・・・」


「えっ今の無視?」


「ふふっ冗談よ」


「どっ・・・

 どっから、どこまで・・・?」


「でねっ、

 あなたも幼心に、お父さんが・・」


「えっ何?

 これも無視?」


「たかゆき、真剣に聞いてちょうだい」


「やっぱ真剣な話なの?

 てかっ・・・オレ?

 いやっ・・・だって・・・

 まぁいいや・・・でっ?」


「でねっ、

 あなたも幼心に、

お父さんが花が好きなことを知っていて、

 その湖の畔で、花を見つけては

 嬉しそうにお父さんに手渡すと

 またすぐに

 嬉しそうに探しに走り出した・・・

 あなたに連れ添いながら

 湖の漣の音、風の音色、

全てを平等に照らしてくれる陽の光、

 優しく囁く森の木々、

道端の名も知らない草も

個性だらけの石ころも

 当たり前だと思いつつも

感謝せずにはいられなかった

 あなたの笑顔、あの人の笑顔、

私の笑顔・・・

 温かい家族の何気ない日常に溢れる

自然な笑顔・・・

 そのときは、

その笑顔がどんなにも愛おしくて

かけがえの無いものかって

 わかってたつもりだった・・・

 私はその光景が

いつまでも続けばいいと

心の底から思っていたし

 実際、続くと信じきっていて

疑いもしなかった

 でもね、願ってはいなかった、

祈ってはいなかったの

 その必要も無く

そこにあると思っていたから・・・

 そんな時だった

 あなたが3本目の花を見つけて

私に嬉しそうに見せてくれて・・・

 手を繋いで

お父さんの所へ向かおうと

 立ち上がった時、

 私は眩暈がして

 傍の柵に手を伸ばしたの

 柵を掴んだ瞬間、

 私は柵ごと湖に吸い込まれるように

体をもってかれて、

 慌ててあなたが落ちないように

押しやったの

 でも、あなたは私を掴んでしまって

一緒に湖に落ちてしまったの

 私は気を失ってしまって、

 どのくらいたったのか、

泣きじゃくるあなたの声で

私は意識を取り戻した

 正確には、

お父さんが私に

蘇生術を施してたからなんだろうけど

 タオルを掛けられて

濡れたあなたを見たとき、

 守れなかった自己嫌悪と

生きていてくれたことへの感謝と安堵が

 目まぐるしく体中を駆け巡った

 周りには、

キャンプに来てた人たちの

人だかりが出来ていて

 安堵の歓声が、

これは不幸中の幸いで済んだんだと

教えてくれた

 その中の誰かが

救急車を呼んでくれてたみたいで、

 程なくして救急車が到着して

 事の成り行きを

お父さんが救急隊の方に説明してた

 私とあなたは軽い問診と診察を受けて

大丈夫と判断されたのと

 あなたが救急車に乗るのを怖がったのとで

 救急車はそのままとんぼ返りしてくれた

 一応、不安があるなら

病院に連れて行くようにと

お父さんに言い渡して

 お父さんは帰ることを勧めたけど、

あなたがどうしても

泊まりたいと聞かないから、

 じゃ~

 このまま具合が悪くならなかったら

 1泊だけって約束でお泊りしたわ

 私は勿論、

あなたも具合悪くなることなく

3人で楽しい夜を過ごした

 朝、目が覚めると

私とお父さんの間にまるまって

穏やかな寝息をたてるあなたがいた

 言葉に出来ないほどの

 安堵感に包まれて

 初めて、神様にお礼を言ったわ

 その後まもなくして、

悲しみの淵に

 突き落とされるとも知らずに」


「それが、事故・・・」


「えぇそうよ

 あの夜、あなたが眠ってから、

お父さんが教えてくれたの

 私達を湖から引き上げてくれたのは

近くで釣りをしてた老夫婦で

 すぐお父さんと何人かの人が駆けつけて

皆で助けてくれたって

 あなたは1分くらい、

私は3分くらい意識が無かったみたい

 そこまで騒がせておいて

その夜は

そのキャンプ場の皆と楽しんだんだから

 なんとも迷惑な家族よね、ふふっ

 で、その帰りに事故に遭ったの

 対向車の余所見運転で・・・

 これが真実

 幼心にも衝撃を受けたあなたが

封印してしまった記憶が

 その事故の前の出来事

 事故後、

あなたは事故のことは

なんとなく覚えていたけど

 水難事故のことは

 一切覚えていなかった・・・

 だから私は、

キャンプの帰り道の事故で

お父さんが亡くなったことだけを

 あなたに言い聞かせた

 あなたが夏に焦燥感を感じるように

 なってしまったのは

 幼心に巣食った恐怖という魔物と

 恐らくその封印しきれなかった

記憶の断片・・・

 そして、あなたに異変が起きた・・・

 ひとつは、

あなたがあれ以来、

無意識に

 水辺を敬遠するようになったこと

 人工の水場は大丈夫だけど、

自然のそれはだめだった

 無理もないわよね、

あんな怖い思いをしたんですもの

 何箇所か心療内科にも受診したけど

 払拭されることは無かった

 あの人が生きていたら・・・

そう何度も思ったわ

 お父さんなら・・・

あの人ならきっと・・・

 そして、もうひとつ

 それは、

人に色が付いて見えるという異変が・・・

 私は、あなたに口止めをした・・・

 普通じゃないことが、

良くも悪くも

あなたに影響すると思ったから・・・

 あなたも、ちゃんと約束を守ってくれた

 でも、私はあなたに

足枷をはめていただけなのかも

しれないわね・・・

 私には、トラウマにならないようにと

願うことしか出来なかった

 あなたに乗り越える

強さが芽生えるようにと・・・」


「おふくろさま・・・

 オレね・・・

 ここで眠ってる間に

小さい頃の自分と

父さんに逢った気がする

なんとなくだけど・・・」


「・・・そう・・・」


「・・・うん・・・」


「良かったわね・・・」


「詳しく聞きたくないの?」


「そうね・・・

 思い出せたら教えてちょうだい・・・」


「えっ何でわかんの?」


「何年、

 あなたの母親をしてると思ってるの

 ふふっ」


「ははっ・・・確かにっ・・・

 小さい頃の自分に逢うまでに

 何か大切なことが

あったような気がしてるんだけど

 それは思い出せないんだ・・・

 父さんのことは、

小さい頃の自分の朧げな記憶と

 おふくろさまの話で

何となく思い出せたけど・・・

 もっと重要なことがあったような・・・」


「焦る必要はないわ・・・」


「うん」


そのままボクらは暫くの沈黙に浸った。


「さぁっ

 今日はゆっくり寝るのよ」


口を開いたのはおふくろさまだった。

ボクに時間をあげたかったのか

おふくろさまも今日は帰る事にした。


「たぶん、今日は無理・・・」


「こんな話しちゃったもんね・・・

 でも、今日は無理にでも寝なさい。

 それも、なるべく早くね・・・

 ここ、出るらしいから・・・」


とこちらを振り向きもせず

言葉尻を小声で言うと

音も無く部屋を出て行くおふくろさまの肩が小刻みに震えていた。

早速、からかってる。

さっきまでのシリアスが一瞬で吹き飛んだ。


「ぜ・・・全然、笑えんしっ・・・」


してやったり顔のおふくろさまが

ドアの小窓から覗くと、

かなり嬉しそうに手を振って帰って行った。さっき、やつれてみえたのは

気のせいだ・・・

絶対・・・

お陰で、

父さんのことでの自分会議は

しなくて済みそうなくらい

別の方に

意識が鋭敏に研ぎ澄まされた。

絶対、

計算づくだ

あれ・・・


消灯時間を過ぎても

目が冴えたまま天井を見つめていた。

意識的に

染みを見つけないようにしながら・・・

おふくろさまの素敵なアドバイスに加え

個室だったため、

自分の実力以上の想像力を発揮できた。

第六感を超えた世界に

到達できそうなくらいだ・・・

小さな音や、気配、

カーテンの隙間から漏れる

車のライトにさえ

想像力を掻き立てるには

十分な仕掛けとなった。


「夜の病院ってやっぱ怖いなぁ・・・」


言わなきゃよかった・・・

声に出したら余計怖くなった。

暫くすると、

見回りの看護師さんが

扉の窓からぬっと覗き込んだ。


「うわっ」


あまりのタイミングに

百倍びっくりした。

もう少しで、ちびるとこだった。

ボクが起きてるのを見て

看護師さんが部屋にそっと入ってきた。


「眠れないんですか?」


「はぁ・・・

 なんせ1週間も冬眠していたらしいんで」


「ふふっ目覚めてなによりですっ」


「ありがとうございます」


「安定剤でも飲む?」


「いえっそこまでは・・・

 おふくろさまが、ここ出るって

 ありがたい言葉を残して

帰ったもんで・・・」


「ふふっ

 否定はしないわ」


「げっ・・・

 そこ全力で嘘ついてくださいよ・・・

 やっぱ安定剤もらおうかな・・・」


「そうね、じゃ~坐薬持ってくるわね」


「坐薬?」


「はい

 坐薬・・・」


「看護師さん・・・

 さっき飲む?って・・・

 楽しんでるでしょ・・・

 ボクの反応見て・・・」


「わかる?」


「満面の笑みですから・・・」


「ふふっ、

 この部屋はな~んにも出ませんよ

 私達も結構頻繁に見回りするし・・・

 安心して寝てください

 次来る時は坐薬持ってきますね

 眠れてなかったらかわいそうですから・・・

 ふふっ」


「何で笑うんすか・・・

 しかも、この部屋はって・・・」


「おやすみなさい・・・」


「無視っすか・・・」


「わんわんっ」


「どうしても坐薬入れたいんですね・・・

 わんわんスタイルなんて

絶対しませんからっ・・・」


「大丈夫よ~

 横になってくれるだけで~」


「じゃぁ~何で犬だったんすかっ

 ってか、

まぢ、根性で寝ます・・・」


「ふふっ

 おやすみなさい・・・」


「おやすみなさい・・・」


この会話で

尚更、目が冴えた・・・

あっ・・・

もしかしてこれ罠か・・・

お陰で怖くはなくなった・・・

と考えたら

また怖さがぶりかえした・・・


「なんなんだよもう・・・」


夏なのに

タオルケットで蓑虫状態だ。


「いかん・・・

 これじゃ

いざと言うとき自由がきかん・・・」


少なくとも

2つのいざと言うときに備えなくては。

少し緩めに巻いとこう。

安心できる万全の体勢が決まった。

言うならツタンカーメン状態だ。

何とも楽で落ち着く。

そのまま眠れるでもなく

天井をぼ~っと見ていると

一瞬、誰かの笑顔が

記憶の片隅を過ぎった気がした。


「・・・誰だ・・・」


意識を集中すればするほど

その片鱗は遠のいた。

追えば逃げる陽炎のように

その笑顔が再びもやの奥へと消え去った。

10分くらい経っただろうか・・・

早速、

一つ目の『いざと言うとき』がきた・・・

絶対に朝まで我慢できない催しが。


「あ~~~もうっ」


痛いところは無いし、

面倒でもない。

ただ怖いだけだ・・・


「くっそぉ~~~」


意を決して

タオルをゆっくり解いた。

ベッドから足を下ろすのも

決死の覚悟がいる。

枕元の照明を付けたが

足元が影になり

余計怖くなった。

もちろん、

下を覗くなんて度胸はない。

みるみる催してくるその波は容赦無く、

いい加減、

いろんな覚悟を決めて

スリッパに飛び乗った。

当たり前のように立ちくらみがして

ベッドへととんぼ返りした。


「だよな~

 1週間だもんな~」


立ちくらみが治まるのを待って

再び恐怖のスリッパダイブ。

今度は一応心もとないが立てた。

立てたと思った瞬間、

神経が研ぎ澄まされた

が当たり前のように何も起きなかった。

部屋の電気を速攻点け

部屋を見渡すが

これまたふつうの部屋だ。

そ~っとドアを開けて

いざ出陣だ。


「で・・・

 トイレどこよ?」


ナースステーションから離れているせいで

夜間照明だけが朧げに廊下を照らしている。暗くはないが

決して明るくもない。

左右どちらに向かおうが

いずれはトイレにたどり着くはず。

左に出ることにした。

5mもいけば突き当たりになる丁字廊下だ。

途中、左右に部屋が1つずつある。


「絶対にドアの小窓は見ないからなっ」


独り言にはっとした。

誰かが返事しようもんなら

秒殺で白目を剥く自信がある。

突き当りまで来て左右を見ると

右奥が明るい。

あそこは恐らくナースステーションだ。

左に曲がると4~5m先の右側に

階段の誘導灯があった。

そこを過ぎて

部屋をいくつか越えた所に

それはあった。

良くも悪くも・・・

トイレだ・・・

明かりが漏れていて仄かに明るい。

病室の小窓群と

上下に誘う薄暗い階段を

細心の警戒心で乗り切り

ほっとしたのも束の間、

病室や廊下で首をもたげた妄想が

臨場感抜群に襲い来た。

怖い映画やテレビ、話や写真、

それら総動員して

この状況にぴったりな

恐怖体験のシナリオが

音を立てて組みあがる。

記憶力とは違う力が

備わってるんじゃないかと思うほど

必要としない情報が

保管される場所があるようだ。

恐る恐る覗くと

普通に明るい。

ドアを使う方じゃないから

と自分に言い聞かせ

一番手前の便器に

斜に構えて立った。

こういう時に限って

時間は永く感じる。

動けそうで動けない

束縛にも似た時間に

あらゆる恐怖を超越した

えげつない想像が襲い巡った。

やっとのことで用を足し始めたその時、

のそ~っと

廊下から影が覗いた。


「うわっ

 いしてっ」


体勢を維持した状態で

体中で跳ね上がったため

思いっきり手にひっかかった。

が、こういう場合、

そんなことは一瞬で気にならなくなる。

その影は

ゆっくりと入ってきた。

普通におじいさんだったが

思いっきり嫌な予感がした。

心頭滅却して祈ったが

やはりボクの隣に来た。

本当にこういう予感は良く当たる。


「こ・・・こんばんは・・・」


あまりの恐怖への警戒心と

強制的な安心感を得るために

思わず先に挨拶していた。

すると、

手元を見ていたおじいさんが

ゆっくりとボクの方を向いて


「こん・・・ばん・・・は・・・」


といかにもな雰囲気で

無表情のまま返事をしてくれた。

一応足元を見たら、

ちゃんと足があったし

体も透けてなかった。

この時点で、

和の幽霊という疑いは半減したが

まだ、洋風ホラーは拭いきれない。


「ふぇっ・・・ふぇっ・・・ふぇっ・・・」


テンポ良く発される

声とは言えない擬音が、

きっと年齢的なものだと言い聞かせながら

無我の境地で用を足し終わると

おじいさんはもちろん

鏡も見上げないようにして、

さっと指先だけ洗って

速攻トイレを後にした。

安心と警戒が入り混じる中

トイレを出て、

すぐ左にあった薄暗い階段の

昇り側、一番下の段の右隅に

何やら蠢く黒い影が・・・

思いっきり予想通り、

のそ~っと立ち上がった。


「うわっ」


と当たり前のように、

夜の病院には不謹慎なくらいの声が出た。

全身の毛が一瞬で逆立った。

硬直した体と

釘付けになった視線で

その影が

おじいさんらしいことが見て取れた。

が、素直に安心は出来なかった。

今度は幽霊というより

いわゆるモンスター系を連想したからだ。

立ち上がったのはいいが、

その場で右に左に揺れている。

それが余計、恐怖を煽った。

声を掛けるか

その場を去るかの

瞬時の自分会議に答えが出る前に、

ボクの声に驚いたのか、

既に探していたのか

若い女性の看護師さんが駆けつけ

おじいちゃんに声を掛けた。

ちゃんとおじいちゃんだったことに

かなりほっとしたが

その看護師さんが

くすくすと笑っていたのは

徘徊おじいちゃんと

びびり高校生の

どちらにだったんだろうか・・・

そんなことを考えながら

その廊下を右に曲がり、

自分の部屋が見えて来たときに

その奥から、

浴衣の下半身が歩いてきた。


「うわっ」


二度あることは・・・

の世界へ到達した。

良く見ると腰が90度に曲がった

おばあちゃんらしき影が

こちらにふらふらと向かって

歩いてきている。

どう頑張っても、

ボクが部屋に入る前に

すれ違ってしまう距離感。

廊下の真ん中を歩いてくるその影に

細心の注意を払いつつ、

左壁に左腕が当たるくらいに寄ったまま

すれ違ったその瞬間


「おこん・・・ばんは・・・」


という

か細い挨拶にも拘わらず、

はっきりと聞き取れた声に

飛び跳ねた。


「うわっ」


もうデジャブの境地だ。

ある程度、

想定できていたはずなのに

その瞬間は笑えなかったが、

笑えるほど驚いた。

さらに、

こちらのそういうリアクションに

何の反応もしないまま

通り過ぎたおばあちゃんに、

倍恐怖を感じた。


「こんばんは・・・」


返事をしないと

気を悪くされたらという思いと、

もしこの世の者じゃなかった場合に

無視したことで祟られるのが怖かったため

同じくか細い声で

後姿に挨拶を返した。

が、どうか振り向かないでくださいと

心の底から懇願した。

幸い、聞こえなかったのか、

無視されたのか

無反応のまま

突き当りを左に曲がって行った。


「トイレか・・・」


ほっとする間もなく、

自分の部屋を確かめ駆け込んだ。

結局、

部屋に帰り着くまでに

2度、ご臨終しそうになった。

部屋に入るなり、

瞬時で先ほどの蓑虫型臨戦態勢をとった

が安心できる体勢とは裏腹に

心臓はバクバク、

目はギンギンだった。


「あっ・・・くそっくそっくそっ」


やっと安心体勢まで持ってきたのに

指先しか洗ってないことに今更気付いた。


「・・・ひっかかったんだった・・・」


天使と悪魔の自分会議の中

寛大な悪魔になんとか打ち勝ち

安心体勢を紐解いて

部屋に備え付けの洗面台で手を洗い直した。もちろん、

鏡は視界に入れないようにして・・・

改めて安心体勢を整えると

トイレまでの壮大な走馬灯が駆け巡った。

あのおじいさんの病室を探してみて

もし見つからなかったら・・・

あの看護師さんは

実在する看護師さんなのか・・・

あのおばあちゃんは

真下を向きながら

良くぶつからずに歩けるな・・・

そもそも、

あれはほんとうに

おばあちゃんだったんだろうか・・・

考えれば考えるほど

怖い方へ怖い方へと誘われた。

考えないようにすればするほど

普段発揮しない、想像力が働いた。

1時間ほど経っただろうか、

いい加減

落ち着きを取り戻した心音を感じながら

体が欲するまま

ゆっくりと目を閉じると

引き込まれるように

体が軽くなった・・・


暗い靄を抜けると

明るい見覚えのある草原に

ボクは一人で立っていた。

風を感じながら目を閉じた瞬間

両隣に、何とも懐かしいような

親近感のある二人の気配を感じた。


「この二人・・・どこかで・・・」


右か左か・・・

どちらを先に振り向くか・・・

意を決して

振り向きざまに目を見開くと

病室のベッドの上だった。

外は朝を迎えようとしていた。


「はっ・・・

 えっ?・・・

夢・・・」


あまりにも臨場感がありすぎたため

夢という感覚ではなかった。

きつねにつままれたとは

このことを言うのかというほどに

信じられないくらいの感覚だった。


「夢・・・」


暫く、

無意識に天井を見上げていたが、

いつのまにか

眠りについていた。

意識が明るみを帯びる中

軽く握っていた左手の中に

違和感を感じた。


「ん?・・・」


ゆっくりと手を引き抜いて

そっと開くと、

微かに見覚えのある

小さなカプセルのような物体が

鈍い光を滑らせていた。


「ん?・・・

 これ・・・

どこかで・・・」


いくら記憶を辿っても

全く思い出せないまま

それに見入っていた。


「カプセル・・・かな・・・」


「みたいだねっ」


「・・・・・・

 !っうわ~~~~っ

 少々びっくらこいた」


絵に描いたようなお手玉状態になった。


「きゃっ」


「エリっ」


「びっくりした~」


「それはこっちの台詞だっ」


「えへっごめんねっ」


「いつからいたの?」


「15分くらい横に座ってたよ」


「え・・・」


「ふふっ

 一生懸命だったね・・・

 自分会議」


「ははっ・・・」


「それ、どうしたの?」


「いや・・・

 起きたら握ってたんだ・・・」


「・・・?

 たかゆきの?」


「見覚えある気はするんだけど・・・」


「そっか・・・

 しまっておけば?」


「そだね・・・」


そのカプセル状のものを

テレビの下の引き出しに入れようとした

ちょうどその時

部屋のドアがいきなり開いた。


「たかゆき~おっひっさ~

 あらっエリちゃん、

いつもありがとうねえ~

 うちの唐変木のためにっ」


「いいえ

 おはようございますっ

おかぁさんっ」


「唐変木って・・・

 エリもできれば否定してくれないかな~

そこ・・・

 しかも、おひさって・・・

おふくろさま、

昨日もここにいたじゃん・・・」


「えへへっごめんっ」


「エリも、わざとかっ」


「あ~ら~た~め~てっ・・・

 え~りちゃんっ

たかゆきっ

 おっはようにゃんっ」


おふくろさまのあまりにも懐かしい

ポーズボケに

一瞬突っ込み方を忘れて

おふくろさまを放置してしまった。


「あらっ冷たい息子ね~

 無視?それとも放置できるくらい

男前になったの?」


「んなわけないだろっ

 ごめんっ、

まだ本調子じゃないみたい・・・」


「大丈夫?」


急におふくろさまが母親の顔になった。


「あっ大丈夫、大丈夫っ

 体調は凄くいいから

 ただ、寝不足だけどね・・・

おかげさまでっ」


「あ~らっ礼なんて水臭いわね~」


「へいへいっ」


「ふふっ」


そんなやりとりで、

おふくろさまが座ろうとした瞬間

おふくろさまだけ

看護師さんに呼ばれ

座る間もなく部屋を出た。


「相変わらず、仲良いねっ」 


その言葉にハッと我に還ると

目の前にボクをじっと覗き込むエリがいた。


「えぇ~そんなことないよ」


そう言って視線を落とすと、

今まで手の中にあったはずの

カプセル状のものが

感触と一緒になくなっていた。


「あれ?」


「どうしたの?」


「カプセル・・・」


「お薬?」


「いや・・・」


「さっき言ってた?

 落としたのかな?」


「うん・・・

 握ってたはずなんだけど・・・」


「えぇ~」


エリと二人で

布団やら足元やら探したが

見つかることはなかった。


「どこいったんだろう・・・」


「不思議だね・・・

 でも、たかゆきにとって大切なものなら

 きっと出てくるんじゃないかな・・・」


「そ・・・だね・・・」


あのカプセル状のものは

微かではあったが

確かに見覚えがあった。

ただ、

いまいち現実味が足りないというか

漠然とした違和感みたいなものがあった。

大切なものという感覚、

温かい感触、

思い出そうとすればするほど

ほんの一瞬の

フラッシュバックのような記憶の滑空が

頭の中で混在して迷彩の記憶を模った。


「まぁ~た

 迷子さんになってるんじゃないのぉ~」


と聞き覚えのある

心地の良い声がボクを引き戻した。


「ははっ・・・

 ビ~ンゴっ」


ビンゴ・・・ビンゴ・・・どこかで・・・

そう引っかかっていると


「にゃっ・・・でもちゃんと帰れたねっ

 良かったねっダーリンっ」


と、明らかにエリとは違う

聞き覚えのある声と口調

に心臓を鷲掴みにされた。


「えっ・・・」


瞬時に、

抑えきれない高揚感が湧き上がり、

咄嗟にエリの方を振り向くと

そこにはボクの知っている

いつものエリがいた。


「・・・エリ・・・」


「ん?

 どうしたの?」 


「ダーリンって・・・」


「ダーリン?

 ダーリンがどうかしたの?」


「ダーリンって・・・

 言わなかった?」


「ううん

 たかゆきがビンゴって言ってから

 何も言ってないよ・・・

 それに、ダーリンなんて

恥ずかしくて言えないよぉ・・・」


その表情は

からかってるものでも

まして、

嘘をついてるものでもなかった。


「そっか・・・だよね・・・」


一瞬で、

大切な何かを忘れてるような

不安感に襲われたが、

記憶を辿っても

全く、心当たりも手がかりもなかった。


「ダーリンって聞こえたの?」


「うん」


「あぁ~

 さては夢の中で浮気してたなぁ~」


「おいおい・・・」


このもやもやした感覚のせいか

笑いが思いっきり

ひきつってるのがわかった。

しかし、

冷静になると

浮気という言葉に思わず顔が綻んだ。

まだ、

はっきりとつっこむ

勇気も自信もなかった為

社交辞令かもしれないその言葉を

鵜呑みにして

勘違いかもしれない嬉しさを噛み締めた。


「んにゃ~けしからんっ」


「おっおかぁさんっ」


「おふくろさまっ

 びっくらこくからノックくらいしろよ~」


「したらびっくりしないでしょ~よっ」


「やっぱそっちか・・・」


「ふふっ」


「そっちかじゃにゃいっ

 この浮気モノめっ」


「浮気って・・・

 それに何その猫キャラ・・・」


「猫キャラ?」


「ダレが?」


「えっ?おふくろさまだよっ

 にゃいっとか・・・言ってるだろ?」


「ん?たかゆき・・・

 おかぁさんそんなこと言ってないよ・・・」


「えっ?」


「やっぱ、たかゆきまだ疲れてるんだよ

 ごめんね、

ゆっくり休ませてあげないと

 いけないのに」


「大丈夫?」


二人してまた真剣な空気になった。

が、それ以上に

ボク自身が不安を感じていた。

色んな記憶か妄想か・・・

現実と非現実が

交錯してしまっているのだろうか・・・

ただ、

そんな言い知れぬ不安を他所に

夕方の陽射しが

まっすぐにボクを照らしていた。


「まぶしい?

 カーテン閉めようか?」


「いやっそのままでいいよ

 ありがとう」


「うん」


「ありゃりゃ~めずらしいぃ

 暑がりの五月蝿がりさんが

どうしたのかしらっ」


「ん~ただ、なんとなくね・・・

 今は・・・このままがいい・・・」


「そう・・・」


ボクの様子が

いつもと違ったんだろうか

二人ともボクをそっとしといてくれた。


橙色の陽射しが

柔らかくも力強く差し込んでくる。

どこにでもある夏の夕刻、

街の生活音も

差し込む陽射しも

生暖かい風やセミの声さえ

切なくて、どこか懐かしくて

そして愛おしく感じた。


「マジックアワー・・・

 って言うんだっけ・・・」


「えっ何?」


「ごめんっなんでもない・・・」


「マジックアワーがどうかした?」


「聞こえてんじゃんっ」


「マジックできるのったかゆきっ?」


普通におふくろさまが便乗してきた。やはり、こういうやりとりには口を突っ込まずにはおれないようだ。


「それボケ待ちでしょ・・・」


「・・・」


「ビンゴだろっ」


「・・・」


「無視かっ」


「ふふっ」


そんな

懐かしくもいつもなやり取りに

安らぎを感じながら

この神秘的な時間を過ごした。


いつの間にか

部屋を訪れていた主治医の先生から

3日後の退院を告げられたが

さして何の感動も無かった。


いよいよ退院当日。

3日間、特に変わったことも無く

普通に怖い夜が3回も淡々と過ぎ去った。

消灯前のトイレと

速攻就寝を遂行したため

あの夜がデジャブすることは無かった。

朝食を済ませ

おふくろさまと身辺整理をし

迎えを待っていたが、

10分も経たないうちに迎えが来た。

エリとおやじさま、

上品な方のおふくろさま、

なんとも賑やかな皆でのお迎えだった。

ナースステーションに挨拶をして

1階へと降り、手続きが終わると

長かったような、短かったような

入院生活が幕を下ろした。。

当たり前だが、

芸能人や著名人などのVIPと違い、

出入り口までの見送りや

花束進呈ももちろん無く

拍子抜けする位

あっさりと解き放たれた。

おやじさまが車を回してくる間、

現実味のある現実を見渡した。

見知った風景と聞きなれた生活音が

さみしくもあり心地よくもあった。


「んにゃ~」


瞬時に、猫だという認識はあったが

なぜか条件反射のように振り返った。


「やぁ」


そこには普通に、猫な猫がいた。

その黒猫はボクの言葉に一瞬足を止めたが、

そのまま振り向かずに

広い駐車場をゆっくりと歩いて行った。

その後姿に、

無性に寂しさが込み上げた。


「たかゆきっ大丈夫?」


少し、心配そうにエリが覗き込んだ。


「えっ?

 あっあぁ・・・

何でもないよっ」


「さてはっ

 あのセクシーなおしりに

 発情したんでないかいっ

病院じゃ~

大好きな勉強できないもんねぇ~」


「うわっ

 おふくろさまっ

びっくらこくから

急に割り込むなよぉ~」


「えぇ~

 そうなの?たかゆきっ」


「してないしっ」


「何を?」


「いやっちがっ

 だから~」


「エ~リっ

 病み上がりなんだから

困らせないのっ

年頃の男の子は皆そういうものよっ」


普通にクールに

上品なおふくろさまが一蹴したせいで

何だか余計、恥ずかしくなった。


「浮気者のバカ息子を

 許しておくれでないかいっ

エリちゃんっ」


「なっ」


どうしても絡まないと気がすまないらしい。しかし、今回は何となく助かった。

そんな凄まじいタイミングの中、

車が横付けした。

ぱっと見でもわかる

落ち着き払った白い高級車の運転席には

おやじさまの姿があった。


「エリっこれ、

 土足厳禁だったっけ?」


と小声で聞いたら


「まさかぁ~

 そのままでいいぞ~」


とおやじさまが答えた。

ボクは助手席に呼ばれ、

女性3人、後部座席に座った。

病院からエリん家までは車で15分程だ。

軽い日常的な笑いの中、

車が動き出した。

車内での会話は、

当たり障りない世間話で盛り上がったが

後ろの盛り上がり方は半端じゃなかった。

途中、おやじさまの用事を済ませ

40分ほどでエリの家に着いた。

途中、ひっかかる信号や

割り込んでくる車に

軽くイライラしてたのは

完全にボクだけだった。

他の皆は気にすら掛けてない様子で

自分の小ささや短気なところに

少しだけ自己嫌悪に落ちたが

不思議と自分会議には至らなかった。

エリん家でお昼を一緒にすることになり

皆でお茶をしていると

寿司の出前が届いた。

明らかに退院祝いを意識した寿司盛りだ。

ボクとおふくろさまの

おおはしゃぎする様を見て

そこにいた全員のテンションも上がった。

楽しいやらめでたいやらで

食も話も軽やかに弾んで

温かい時間がゆったりと流れた。


「たかゆき

 そろそろお暇しましょう」


とおふくろさまが口を開くと


「あら、夕飯も一緒にどう?」


と、すぐさま

もうひとりの上品な方のおふくろさまから

お誘いがきた。


「うんっそれがいい

 ここんとこ

一緒に過ごすこと減ってきてたし

 いい機会だからそうしよう

 大勢で食べると美味しいしねっ

 なっエリっ」


「あぁ~大賛成っ」


社交辞令じゃない便乗をしたのは

おやじさまで

何の躊躇もなく即答したのは

エリだった。

その好意に素直に甘えるというか、

しっかりと空気を読めるのは

おふくろさまの得意分野だ。


「少しは遠慮を・・・」


と呟いた瞬間

おふくろさま以外の全員から

全否定された。

結局、そのまま楽しい二次会が始まった。

いつ頼んだのか、

実は既に昼と一緒に頼んであったのか

丁度いい時間帯に

3種類のピザと

絶対食べきれないと断言できる程の大きさのオードブルが届いた。

その無茶な料理のボリュームに

本当に喜んでもらってるんだと

嬉しくなった。

事故前後の話や入院中恐怖体験、

ボクやエリが小さい頃の話で、

普通に気を遣うことなく盛り上がった。


「今度こそ、お暇するわよ、たかゆきっ」


「うんっ」


大人の事情ではない

社会人の常識が

すんなりと楽しいお祝いをお開きにした。


「また来いよったかゆきっ」


「うんっ・・・あっ

 はいっ」


「ん?

 はい?

 どうした?

熱でもあるのか?」


「あらっそうなの?」


おやじさまの言葉に

上品な方のおふくろさまが

速攻、ボクのおでこに

おでこを当てようとしてきた。


「あっ・・・」


あまりの恥ずかしさに

反射的に身を引こうとしたボクの肩を

優しく引き寄せておでこを当てた。


「こ~らっじっとなさいな

 ん~熱はなさそうね」


「どらっパパもっ」


「えっ」


「ははっ冗談だよっ

 びっくりしたかい?」


「だっ大丈夫っ・・・ははっ」


ひきつった笑顔になってるのが

自分でも分かる。

それはそれで恥ずかしかった。


「まったくっ

 お父さんっ

 たかゆきをからかわないでっ」


「そうよ~あなた」


「お母さんが一番楽しんでたでしょっ」


「え~わかっちゃったぁ?」


「ふたりともぉ~

 ごめんねたかゆきっ」


「いやっ全然・・・」


「いや~暫く会わないうちに

 大人になったんだなぁと思ってな 

 感無量だよっパパはっ」


「そうよ~親としては

 子供の些細な変化も気になるモノよ~」


「ははっ」


ボクの再三の苦笑いすら

おふくろさまは静観していた。

あれはきっと傍観者として楽しんでるな・・・


「もうっ

 おかぁさんもたかゆきも疲れるでしょ~

 サクッとお開きっ」


ほんわか間延びしそうな空気を

エリが良い雰囲気のまま一刀両断した。

竹を割ったかのような潔い挨拶を交わし

ボクらはエリん家を出た。

目と鼻の先に家があるにもかかわらず

3人で道路まで出て見送ってくれた。

ボクらが玄関近くに着いたところで

手を振って家の中へと戻っていった。


「おやじさまもエリのおふくろさまも

 あんなキャラだったっけ?・・・」


「よほど嬉しかったんでしょうね・・・

 あんなに気にしてもらえて幸せね、

私達・・・」


「そだね・・・」


「ところでたかゆき、

 何かひっかかってることでもあるの?」


「えっ?どうして・・・」


「ん~ん・・・なんとなく・・・」


「そっか・・・

 おふくろさまには、

やっぱ伝わっちゃうのかね~」


「い~えっ

 エリちゃんたちもよ・・・」


「ん?

 エリたち?」


「えぇ

 みんなも、うすうす気付いてるわよ」


「そんなにいつもと違った?」


「何て言えばいいのかしら・・・

 目・・・かしら・・・」


「魚の腐ったような目とか・・・」


「ふふっ・・・違うわよ・・・」


「冗談だよ・・・」


「えぇ・・・」


いつものつっこみどころを

わざわざ用意したにもかかわらず、

おふくろさまがスルーしたことで、

真剣な話なんだとわかった。


「そう・・・なんだ・・・

 みんなにはわかっちゃうんだ・・・

 オレにもわかんないんだけどさ・・・

 何かを・・・

何か大切なことを

忘れてるような気がして・・・

 胸に何か大きな穴が開いてる

そんな感じがするんだ・・・

 考えても、思い出そうとしても・・・

全然わからなくて・・・

 気にしないようにしてたけど・・・

それも無理で・・・

 父さんのことは思い出せて

嬉しいのと悲しいのと、

 それはちゃんとわかるのに、

 それとは違う何かが欠けてる気がして・・・

 事故る前に感じてたもやもやが

やっとなくなったと思ったら、

 今度は別のもやもやが・・・

でも、不安はないかな

 また逢えそうな気もするし・・・」


「逢える?」


「逢える?」


「あなたが言ったのよ、

 逢えそうな気もするって」


「えっ?

 オレそんなこと言った?」


「えぇ」


「誰に?」


「私が知るかいっ」


いつものテンポの良いツッコミに

なぜか心の底から安堵した。


「確かにっ・・・

 でも、逢えそうな気がするって・・・

 どういうことだ?

 しかも誰に?・・・」


「さぁ・・・

 でも、無意識で出た言葉なら

 記憶のどこかにはあるんじゃないの?

その記憶・・・」


「うん・・・」


「気長に待ちなさい

 いずれわかるわよ、きっと・・・」


「うん・・・」


改めて気付くと

自分家の玄関先だった。

久しぶりの我が家・・・

なんだか一気に脱力した。

『帰ってきた』という

当たり前の感覚と

『還ってきた』という

実感にも似た感覚が

ボクを困惑させた。

ここがボクの世界・・・

ボクのいるべき場所・・・


世界・・・?


場所・・・?


そんなキーワードのような言葉が

連呼されるなか


「先入っとくわよ・・・」


と、おふくろさまの言葉が

フェードアウトした。

いつかどこかで逢えるだろう誰か・・・

もどかしさと期待感が混在したままだが


きっと逢える・・・


そう根拠の無い確信に近い感覚が

不安を消し去った・・・


「たかゆきっ」


「何?父さんっ

 ・・・えっ?」


「だれが父さんじゃいっ

 こんな

ルリカケスのような声をつかまえてっ」


「・・・おふくろさま・・・」


ボクの様子を見て

おふくろさまが母親になった。


「まだ朦朧としてるの?

 大丈夫?」


「いや・・・

 だいぶはっきりしてる・・・」


「なのに・・・

 父さんの声に聞こえたの?」


「いやっ・・・違うよ

 聞こえたんじゃなくて、

 父さんだったんだ・・・

 声も、口調も・・・気配も・・・」


「そう・・・」


さっきの声は、

ボクには

本当に父さんの声にしか聞こえなかった。


「・・・うん」


「さぁ~もう家に入んなさいっ」


気を遣ったのか、

面倒臭かったのか

それ以上は何も聞かずに

重苦しくなりそうな空気を

いつものおふくろさまが一掃した。


「うんっ」


今までの不可思議な出来事は

父さんと何か関係があるんだろうか・・・

そうこう考えていると

一瞬、軽い頭痛が走った後

何かがフラッシュバックした。


「今の・・・」


どこかで見たことある景色と

人影らしきいくつかのシルエットが

懐かしさを纏って

幾度も幾度もボクをすり抜けた。


「・・・・っ」


不意に右手に違和感を覚え

恐る恐る指を開くと

病院で無くなったあのカプセルが

そこにあった・・・

思いがけない邂逅の瞬間だった。


「あっ・・・」


次の瞬間、

大きな衝撃が体の芯を走り抜けた。

ただ、痛みは一切無く

その代わりに、

染み渡り満たされていく

温かいモノを感じた。

拭い去られるように

記憶が露になる。

霞みがかった片鱗がその全貌を現した。


「思い・・・出した・・・」


込み上げる想いと記憶が

不完全だったボクを全力で満たした。

一瞬、

許容できないほどの感覚が押し寄せたが

彼らの存在がそれを収束してくれた。


「・・・アル・・・みんな・・・」


魂魄界での全てが、

明確に燦然と蘇った。

ボクの想像の世界という朧な感覚ではなく

五感にしっかり焼きついたリアルな世界観。

人間界の現実と何ら変わらない

確かに存在する世界・・・

胸に空いていた風穴が

傷跡すら残さず消え失せていた。

安堵のため息と共に温かい安らぎが

胸の奥から満ち溢れながらも

その感情が強烈な郷愁へと変わった。



人間界で事故に遭い、


昏睡状態で覚醒した世界『魂魄界』。


ボクが創り出した


ボクの理想郷と言うことだった。


そこで出逢ったのは


ボクに生を託してくれた


ボクの知り得ないボクら。


そして、想像出来得るぎりぎりの世界観。


いくつもの出逢いと、経験を重ねた


強制的な冒険のような旅に、


久しく忘れていた高揚感に胸が躍った。


導かれたのか、手繰り寄せたのか、


辿り着いた記憶の扉のその先で


昔、置き去りにしてしまった


かけがえの無い存在と


巡り逢うことができた。


蘇る大切な記憶と共に、


『ボクは独りじゃない』


ということも教えられた。


人はそんなに強くはないことも。


かと言って、


自分で思っている程弱くもないことも


たくさん気付かせてくれた。


そして、もうひとつ。


『戒律の刻印』


これは、その名の通り、


自分を戒めるための道標に過ぎなかった。


見えたことによって


何かが変わるわけではなく、


自分を変えるためのきっかけ・・・


『解釈の仕方で良くも悪くもなる。

 全ては自分次第』


と言うこと。


どんなに思い悩むことがあったとしても、


出した答えが未来を粛々と模っていく。


自分以外の誰かに影響受けたのだとしても


たとえ、何かに導かれたのだとしても


自分を模っていくのは自分自身だということ。


世界は、自分の思いひとつで


いろんな色を纏う。


その色は、人の数、想いの数だけ存在して


自分で導き出した答えが


自分の世界を色づけ彩る。


今、この瞬間からだって変えられるんだ・・・


ボクだって・・・


いや・・・誰だって、


きっかけという


自分自身で見出せる未来への扉を開き、


最初の一歩さえ刻めれば、


それは未来への大きな一歩になる。


新しい自分。


そして新しい世界。


あとは、進めばいい。


無限の可能性を秘めた


『虹色世界』が


そこには広がっているのだから。



「これがボクが導き出した答えだよ、

 父さん・・・」


父さんは、

ボクにそう教えたかったんじゃないかと

自己解決した。



見上げると、少し淀んだ夜空に

微かに星が瞬いて見えた。


「たかゆき~

 いつまでそうしてるのぉ~」


と小声が響いた。


「ほ~いっ・・・んっ?」


無意識に返事をしたが

声をかけてきたのは

おふくろさまではなく

2階の窓で頬杖しながらボクを見ていた

エリだった。


「ってっ・・・

 エリかいっ」


「自分会議の続きは

 部屋でしなさ~いっ」


「あ~・・・

 今、ちょうど終わったとこ・・・

 それでね・・・

 思い・・・出したんだ・・・

 はっきりと・・・」


「えっ?

 そうなの?」


「うん」


「そっかぁ~

 良かったねっ」


「うん・・・

 明日・・・教えるよ・・・」


「ほんとっ?」


「うん

 エリには・・・

エリには聞いて欲しいんだ」


「えっ」


「・・・」


「明日・・・

 明日、楽しみにしてるね・・・」


「うん・・・

 じゃ~明日なっ」


「うんっ」


「おやすみっ」


「おやすみぃ~」


精一杯の小声で交わした約束が

テンションを上げた。


「楽しみ・・・か・・・へへっ」


みんな・・・いいよね

エリだけだから・・・


玄関を開けると、

心配してたのか、

はたまた、待っててくれたのか、

おふくろさまが

静かに出迎えてくれた。


「えっ?」


「ん?」


一瞬、

おふくろさまの肩を抱いた

笑顔の父さんが見えた気がした。


「おかえり・・・」


「ただいま・・・」





「ん?・・・

 ん???

 あり???

 ・・・アル・・・?」


「・・・?・・・

 パル・・・ポルン・・・」


「俺らがいるってことは・・・」


「たかゆきがまた

 迷子になってるようだね・・・」


「しょ~がね~なぁ~あいつわっ

 あ~~~しょ~~~がね~~~」


「ふふっ・・・

 その割にえらく嬉しそうじゃないか

パルポルンっ」


「そういうお前だって

 顔がにやけてんぞっ」


「そっ・・・そうかい」


「それにしても今帰ったばっかで

 ナニしてんだあいつは・・・」


「ふふっ・・・」


「とにかく探すかっ」


「そうしようっ」


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『ポムポム~ボクらの知らない虹色世界~』 アルセーヌ・エリシオン @I-Elysion

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