純不純

@amisiro1429

第1話 出会いと日々①

「あなたの外見が好きです。性格はあんまり好みじゃないけど、付き合ってください」

 私が初めて受けた告白は、あまりにも直球で、酷く醜い言葉だった。まだ中学一年生であった私ですら、見せかけの容貌よりも人間の内から溢れる本質の方が重要であるということは分かっていた。

「え、あの、それ告白のつもりですか?」

 『付き合って下さい』と語尾についたセリフが告白でないとすればそれは何なのか。自分で疑問を抱きながらも聞かざるを得なかった。普通、告白というモノはもっとロマンチックでお互いが恥ずかしくなるような、甘酸っぱい感じだと思っていた。だが、この男子生徒は付き合って下さいという一言で私の中に困惑と敬遠の念を作り出した。むろん、甘酸っぱさの欠片もない。

「ごめんなさい。そういうの、ムリです」

 相手の返事を待たず、私の口をついて出たのはごく自然な言葉だった。そのまま向きを百八十度変えてその場から立ち去ろうとするが、男子生徒は何も言わなかった。

 『よかった』と思った。粘られて話がこじれたり、ナヨナヨと泣き出されては堪らなかった。

 ところが、高校生になった現在ではそうも思えなくなっていた。むしろ、情けなく惨めに私の言葉に抗ってもらえた方が、楽だったのではないかと思う。

 彼は私と同じ高校に通い、そして、口癖のように言う。

「君の外見が好きだ。大好きだ!付き合ってくれ」

 こいつのせいで、私の学生生活はめちゃくちゃである。



 阿澄 清。私の目の前に整然と座るこいつの名前は嫌というほど目にし、忘れようもなく頭にこびりついた。中学一年のあの衝撃的な告白から高一になった今まで、一度さえもクラスが離れたことはない。くじ引きでグループを組めば当然のようにこいつがいる。席替えをしても必ず縦横斜め八方向のどこかにこいつがいる。極め付きは名前である。阿澄 聖菜…私の名前である。姓が同じであることに嫌悪感を抱くのはもちろん、クラスでの出席番号は必ずこいつのすぐ後だ。つまり、皮肉にも常に私の学生生活の一番近くにはこいつがいた、ということである。こいつが少しでもまともな人間であるのなら仲の良い友達、もしくは運命を感じる恋人として成立していたのだろうが、こいつは普通の健全な男子高校生ではない。好きな女子の前では、たとえ建前であっても性格や趣味を褒めるような男子が普通である。しかしこいつは隠さず、臆さず、躊躇わず、私の外見だけをストレートに褒めてくる。性格についても、触れないのではなくあえて触れた上でクソビッチとか、八方美人だとか罵倒してくる。正真正銘私の外見にしか興味がない人間なのだ。ここまでくるとむしろ清々しい。名前に劣らず一切の淀みがない。そこだけは評価している。

こいつの告白はあれから周期的にやってくるようになった。一ヵ月に一度だ。中学の一年の十一月から数えて今日でちょうど三十回を記録した。私は今日でちょうど三十回こいつを振った。現在は四月。海より透き通った青い高校一年生の春。それなのに私はあと三十四回こいつを振らなくてはならないという憂鬱に付きまとわれている。


五月にはイベントがあった。新入生同士の親睦を深めるという意味合いでの遠足である。遠足というと響きが幼稚ではあるが、どこかの大きな公園でバーベキューをしたのち自由に交流を深めるといったシンプルな親睦会である。もちろん、勝手に仲間同士で集まって行ったのでは和が広がらない。つまり、人数や男女比に制限のある班を作らなくてはならないのである。メンバーは男女ごとに分けられたくじを昼休みに引いて、全八班にランダムで割り振られることになった。くじは男女で分かれていて、基本的にはひと班につき男子三人女子二人で、男子が一人少ないため、ひと班だけ男女二人ずつで構成されるはずだ。

昼休みが始まり、各々がくじを引いていく中、あの男、阿澄 清がくじを引く。あいつは一班と書かれたものを引いた。一班は男女二人ずつの班で、あいつを含めあと女子一人。そしてくじを引いていない残りの女子は私含め八人。ここで私の脳内で心理戦が始まる。私以外に七人も女子がいれば誰かしら一班を引くだろう。しかし、万が一にもギリギリまで引かなかったら?七分の一、六分の一とどんどん確率が上がっていくことになる。逆に、今すぐにくじを引けば八分の七の確率であいつの班を避けられる。ここは今すぐ引くべきだ———、と安直に考えてはならない。なぜならば、私は今まで引いてきたからである。どんなに確率が低かろうと、あいつが先にくじを引けばそれを追うように私も同じ班へと流れつく。逆もまた然り。そんな経験則から私の行きついた答えはそう、引かないことである。両方が引けば行き着く先は結局変わらない。では引かなければどうなる?おそらく他の人間が勝手に一班を引いてくれる可能性は低くないはずだ。

「じゃああと二人、どっちが引く?」

 いつの間にか残り二人まで来ていたようだ。くじ引きを中心的に進めてくれていた子が私ともう一人に向かって声をかける。まだ一班の女子枠は埋まっていない。

「お先にどうぞ」

 口元を若干震わせながらもう一人の女子を促す。クラスのほぼ全員が私とあいつの関係を知っており、教室内に緊張が漂う。

 ペラッ……折りたたまれたくじを開くそんな何でもない音が、鉛よりも重たく感じた。

 くじを引いた女子が、くじを見て目を丸くする。そして、教室に訪れた数秒間の静寂を打ち破り告げる。

「…一班」

 その瞬間、おおおおっ!と教室を震わすほどの歓声が上がった。私は目頭が熱くなり、涙が溢れそうになるのを必死に抑えて残りの班を改めて確認する。残った班は八班。ここのどこにもあいつの名前はない。私は大きく手を上げ、喜びを声に出そうとした。

——瞬間だった。

一人の女の子が、残りのくじをみて「えっ⁉」と言った。

誰もが驚いた。誰もが確信していた。私が勝ち取った結果は揺るがない。そう思っていた。彼女の持ったくじを見るまでは。

「これ…一班って書いてあるよ」

 耳を疑う間もなくくじが目に入る。本当に一班と書いてあった。

「え、どういうこと?」

「何が起きたの?」

 事情を知るものはなく、クラスがざわめき始める。そこへ、くじを作った張本人である担任の岸本が入ってきた。

「お、決まったか?」

 素っ頓狂な声で話すが、それに答える生徒はいなかった。

「ん?なんで阿澄まで一班になってんだ?あ、そっかそっか。入れ間違えちまったか」

 岸本は一人で何か納得したようにうんうんと頷く。

「先生、どういうことですか?」

「実はな、転校生が来るっていうんで、一班を男子二人に女子三人にしてそこに入れようと思ったんだ。転校生も女子が多い方がやりやすいだろ?でもくじ作り間違えて、どうやら一班のくじを三つとも作ってしまったみたいなんだ。一体どこで勘違いしてしまったんだろうなあ」

 陽気に笑う岸本を横に、私はしどろもどろになりながらも何とか状況を飲み込んだ。飲み込んだその上で絶望感に満ち溢れていた。

 つまりはこういうことだ。


 私とあいつはまたしても同じ班になってしまった

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