ごきげんよう、お久しぶり

 そういえば、もうすぐ一周忌か。手帳に書いてある「今日の面接」のところに斜線を入れながら、ふと思い出した。

 二年前、お互い別々の道へ分かれ、時折会って会社の愚痴を言い合う事はありつつも、もう遊園地に遊びに行くような事はなくなったあの頃。



 彼女は少しも死ぬ気配なんてなかった。定時に上がってレイトショーへ繰り出せるほど整った会社では無かっただろうけれど、苦しそうな素振りは少しも見せなかった。

 そんな彼女が、社会人二年目になって間もなくの四月の終わり、深い深い夜、六階から身を投げた。

 高所恐怖症からすれば、覗いただけで身の竦みそうな景色に、すうっと飛び込んでいった。



 彼女はどんな気持ちで飛ぼうと思ったのだろう。

 何故、死にたくなったのだろう。

 どうして、私に何も相談してくれなかったのだろう。

 何一つ分からないまま、彼女は灰になって巨大な墓石の下に眠っている。いや、果たして眠れているだろうか。



 駅前の横断歩道を前にして、ふと空を見上げた。

 背の高いビルの間に、明らかに不釣り合いな観覧車が鎮座している。真っ赤に塗られたそれは、大量のアパレルショップがあるショッピングモールの名物で、「カップルが乗ると必ず別れる」なんていう不名誉な都市伝説が生まれるほどに有名だ。



 あの高さなら、街を見下ろせるな。想像するだけで脚が震える。

 しかし、乗るつもりは更々無いけれど、観覧車の足元までは見に行ってみようかな、という気になった。

 一周忌が近いと気づいたからか、別の理由があるからか、自分では分からなかった。



 エスカレーターを何度も登り、ようやく屋上へとたどり着いた時、足先は靴ずれでヒリヒリと焼け焦げていた。

 地上から見た姿は大したこと無かったが、目の前まで来るとなるほど大きい。

 はー、とお上りさん丸出しのため息をついていると、店員らしき人が声をかけてくる。


「お一人様でしょうか?」


「え? あ、えっと、そうです……」


 突然の事に、うっかり肯定してしまった。就職活動中にありがちな癖。訊かれたこと全部に「はい」と答えてしまう現象。

 これだから就活は嫌いだ。転職先が決まってから辞めるべきだったのだ。



 チケットを渡され、私は思いついた。目をつぶっていたら良い。もしくはひたすら足元を見ていればいい。

 観覧車の箱は窓だけが透明で、足元は鉄の壁に塞がれている。せいぜい十分程度のフライトだろう、耐え抜けるはずだ。



 どんぶらこ、どんぶらこ、とゆらゆら近づいてくる箱をにらみながら、覚悟を決める。


「お足元ご注意下さい」


 店員の丁寧なサービスによって、難なく中へと乗り込めた。

 都会では貴重な、完璧に一人ぼっちになれる空間。誰にも見られない、完璧なプライベート。

 これが天高くまで回転しないのであれば、毎日だって乗りたい気分だ。



 ふう、と息を吐き、緊張を解す。うん、と伸びをして、ふと目の前を見て、私は次の呼吸を見失った。


「ごきげんよう、お久しぶり」


 目の前に、弥生が座っている。半透明に変色した、死したはずの彼女が、ピストルの構えをしてウインクをする。

 ばん。お茶目な声をあげながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る