どうして人は

 彼女の遺体を見下ろした時、私はそれが天使のように見えた。

 青白く渇いた肌も、うっすらと開く唇も、あれほど手入れしていたのにぱさぱさになってしまった黒髪も、全てそのまま、完成された人形のように感じた。



 ああ、きっと彼女は私の知らない、遠い世界へ行ったんだ。本当に、心から、天国を信じた。その額に手を触れるまでは。



 葬儀場へ送られ、読経が行われるよりも前。自宅にて納棺を行い、日取りが決まるまでは、訪れた人々は一様にその御体に触れようとする。

 私はその完成された姿を壊したくなかったから、一度も手を伸ばす事がなかった。



 しかし、火葬場へと送られる直前、お棺に花々を添える際、ふと前髪が乱れていることに気がついた。



 生前、彼女は前髪を左右に分けていて、いつも真ん中辺りの毛がその流れに逆らって飛び出していた。俗に言うアホ毛というものだ。

 いつもそれを気にしていたから、腕を動かせない弥生の代わりに、それを手直ししてあげた。その時、額に指が触れた。



 私は右手を素早く引っ込めて、左手でその指先を必死に包み込んでいた。

 彼女の身体は、驚くほど冷たく、硬かった。その非現実的な感触に、涙が止まらなくなった。



 一時間余りの火葬を終え、粉々の灰になった姿が顕となった時には、返って心が安らいでいた。どうして人間は、死んだというのに生者の振りをするのだろう。死んだ瞬間、半透明に変色でもしてくれれば、こんなに苦しむこともなかったのに。



 そのとき、右手に残った感触。左手で包み込み、必死に拭い去ろうとした冷たさ。それは今も、一年経った今も、ずっとこびりついている。



 長々とした面接を終えた私は、慣れないスーツに身体の舵を取られながらも、駅に向かって人の波に流されていた。

 現在二十三連敗の転職活動だが、恐らく先程の会社も駄目だろう。自己PRを促すタイミングがやたらと早かったもの。



 やりがいだとか、将来設計だとか、皆難しいことをよくもまあスラスラと言えるものだと感心する。自己PRですか。自分の売りを答えろ、と。そんなもの、私には出来ない。



 だって、私は自身の名前が大嫌いだ。卯月という名前が。

 その文字を見るたび、彼女の声が聞こえてくるのだ。三月生まれの弥生と、四月生まれの私。

 大変わかりやすく、決して重なり合う事のない名前であった私達だったが、彼女は最期の最期にまで、私にイジワルをしてきたのだ。ジュラシック・パークでだまくらかしたあの頃のように。



 彼女の命日は、四月三十日。よりによって私の誕生月に、彼女はアパートの六階から飛び降りた。

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