第1ステージ(1)
第一ステージ
(1)
十代の葛藤という青臭さ漂う空気。
どの学校でも同じなのだろうか。と、日本有数の国立兵育成名門高校、帝國高等学校二年生のあたしは日々想うのだ。
ざわめきが止まない昼休みの食堂。
あたしの日々考えていることが他の学生と異なっていたからなのか、特にこれといった理由もなく、あたしの壊死した左目を隠す眼帯がピンクだったからか。
あたしはあたしにとってどうでもいい人たちから自然と避けられるようになった。
遠目に見る食券を買い求める行列。
テーブルの各所を陣取り他愛もない話題に花を咲かせるメス。
それに群がるオス。
中学の頃だったらそんな日常過ぎる風景に吐き気をもよおしていただろう。
高等学校二年にもなった今、あたしにもそんな日常が人にとって大切な儀式であるということが理解できた。
人間は、一人では人間とし成り得ないと誰かが言ったのをふと思い出した。
あたし自身も自分が人であるという「自覚」を持っている。
ここからは自論。
人は毎日起こる些細な出来事をことばにするでしょ。それを人はいちいち消化していかなきゃいけない。
ご飯を消化する消化器官がそうするように。
「人間であるという自覚」には社会的な自分の居場所が先ず必要。
で、そこで生じる日々の出来事、人々との摩擦を通して「自覚」という電池にエネルギーを貯めるんだ。
そしてまた溜まった電池を人々との摩擦に消費しながら生きる。
あたしの脇をメスたちが一目しながら通り過ぎる。
家から持参した手作り弁当(勿論自分の自作であった)を広げる。
ピンク色のプラスチック箸で卵焼きを摘み上げ口に運ぶ。
一息つき、ブツクサと独り言を嗜む。
三口目を口に運ぼうとした。
自分の背後に誰かが近づいてくるのを察知した。
食べる手を止め無言で席を立つ。
「架凛、相変わらず猫並みの察知センサー」
「山城先輩、毎度どうも」
「あんた、その挨拶。改めたほうがいいわよ」
少し苦笑しながら山城先輩が向かいの席に座る。
それに合わせあたしも席に着く。
山城聡美。
何処かしら少年のような印象を与える好奇心に満ちた表情の女子。
「で、頭首。例の報告聴かせてよ」
「先輩」
わざとらしい笑みを浮かべる先輩。
国の官僚が大勢が出入りする国立兵育成校の中での発言としては〝頭首〟という呼び名はいささか物騒な呼び方だった。
政府の新しいシステム。それは階級制度だった。
今の日本じゃその制度に抗う反政府組織も数多く存在していて、それらの組織は《ガイ(法外の者)》と呼ばれた。
自主的に国民権を放棄した国民たちだ。
集会をし、中には武力を行使する組織もいた。
そのガイ組織の首謀者を一般では『頭首』と呼んだのだ。
「夢見のAIまであと少しだったんでしょ」
先輩が興味深々身体を前のめりにする。
そんな先輩をみて少しイラっとしながら、右耳に髪をかけた。
「あの防御システムやばい」
小声で話すあたしの顔を、次のことばを待つように見つめる先輩。
「で、どんな感じだったの」
「あのシステムは自己存在理由をゼロに相殺してしまう。自分が誰だか判らなくなってしまう」
「相殺ってことは」
「別の人格を強制的に刷り込まれる」
夢見のAI。恐ろしいシステムを導入してまで政府が守りたいもの。
あたしは焼き鮭の切り身を口に運んだ。
「ふまつの鏡、三種の神器の一つとして古くから伝わるもの」
食事をするあたしをよそ目に山城が言った。
「政府は……多分」
「多分?」山城があたしのぼんやりした確信を見透かすように聞き返した。
あたしが口を開こうとした。
背後に白髪の男が立っているのに気づき、あたしたちはあわてた。
呆れるような目つきで見下ろす男。
「帝國高等学校二年久我架凛。帝國高等学校三年山城聡美。随分と時事的な話題に興じているな」
気不味そうにするあたしたちに追い打ちをかけるよう男が言う。
「榊教授ごめんなさい。あたしが架凛にけしかけたんです」
弁解する山城をよそ目にあたしは弁当の残りを口に運ぶ。
「これがもし、です。現役官僚に聞かれていたらあなた方。極刑です」
政府は昨日の賢処進入を公のことにしなかった。
ネットの5chにも情報が流れていない徹底ぶりだ。
「二人とも、お説教ですよ。今から私の教授室へいらっしゃい」
「でも教授、あたしこれから授業が」山城が悲痛の叫びを上げた。
「私の権限で単位は取れます」
「権限という名の自己保身」
ボソと、ハンカチで口元を拭きながらあたしは言った。
「生意気な頭首だ」
口元に薄っすらと笑みを浮かべる榊。
弁当箱を少し大きめの流行りのキャラクターハンカチで包み、あたしは榊の後ろについてく山城の後に続いた。
壊し屋~deconstruction~ ZERO ONE @urushino
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