壊し屋~deconstruction~

ZERO ONE

序章

Deconstruction


Deconstruction(ディコンストラクション)は、「静止的な構造を前提とし、それを想起的に発見しうる」という、プラトン以来の哲学の、伝統的ドグマに対して、「我々自身の哲学の営みそのものが、つねに古い構造を破壊し、新たな構造を生成している」とする、二十世紀哲学の全体に及ぶ大きな潮流のこと。


しかしながら、脱構築という思想においては、「脱構築という思想そのものもまた、つねに脱構築され、つねに新たな意味を獲得していく」ということを意味しており、それぞれの哲学者によって、またその発言の機会によって、主張の主眼が異なる。


だが、この不定形さを受容することそのものが、脱構築(Deconstruction)である。








序章


不快。これが、この場所の第一印象だった。


生命が腐った匂い。物陰に無数に光る獣のような眼。どこからともなく聞こえるヒソヒソ声。

真夏の夜を思わせる肌に纏わりつくような空気。


上を見上げれば鮮血に染まったような赤黒い空。それを背景に真っ黒なシルエットを残す高層ビル。






まるで夢の中にいるときのようだ。


全力で走ってもその息は切れず、勢いよく過ぎ去っていく風景は過去の曖昧な印象のようにぼんやりとした。


風を切る音が聴こえる。


吐息がフィルターをかけた音のように耳の奥で鳴る。


あたしは迷路のような路地を全力で逃げていた。

後ろを振り向くとそこには処刑人の姿があった。

女の処刑人だった。


いや、大概処刑人というのは女だった。


どうして女なんだろうと余計な考えがふと浮かんだが、焦燥感に煽られたあたしの好奇心はあたしの左手首に巻かれた腕時計型の機械に目を落とすように命じた。


赤い光が点滅し、未だ転送準備が整っていないことを機械は示した。





あともう一歩だった。


ここ、賢処(かしこどころ)に隠されている夢見のAI別名 《ふまつの鏡》 まであと一歩だった。


その途中処刑人に発見されてしまったのだ。






あたしたちの目的はふまつの鏡の破壊。


その失敗は、あたしたちの予想を遙かに上回る厳重なセキュリテーの解析不足によるものだった。






賢処という特殊な空間が発見されたのは、まだ国が仮想敵国アメリカの後続国だったときのことだ。


一部の国家研究者たちにより国に古くから伝わる古文書が研究された。


その古文書に記されていた「人の思念・想いの集う場所」を研究者たちは見つけ出すことに成功したのだ。


空気より薄い、目に見えない膜で隔たれた世界。


意識の隙間を埋めつくし、そこに延々と広がる膨大な仮想空間。






黒色の天命特種専用軍服にきっちり身を包む処刑人は、歴史の教科書で見たことのある先の大戦のまるでドイツ兵を彷彿させるようだった。


天命処刑人が、賢処不法侵入者であるあたしの後ろから猛スピードで追いかけてくる。


再び左手首に装着された機械を確認する。

神崎徹があたしを急かすように叫ぶ。


「うちの狂犬はまだダウンロードし終わらねぇのかっ」


大柄な容姿に見合わない円らな目をあたしに向ける。

必死に処刑人との戦闘を避けようとするあたしにいささか呆れているのはわかってる。


「きた」


手首に巻かれた機械が反応した。


と同時。


あたしと神崎の目の前に上半身が異様に発達した、しかしそんなに背が高くもない男が現れた。


それを見た処刑人は足を止めた。


「もう一度作戦練り直しね。ワンコちゃん、あとはよろしく」









そう言ってあたしたちは両目を瞑り、現実世界へ戻っていった。

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