第11話「格物究理」
「――――ッッッッ!!」
ナギが声にならない歓喜の声を上げ、大きく拳を握る。
「なぎちゃあああああんっっ」
一目散に若林がナギの元に駆けより抱きつく。それを皮切りに続々と選手達がゴールを決めたナギを祝う為に集っていった。
「よくふかさなかったねー」
「どういう意味よっ」
「本当だよ。どんな位置でも宇宙に蹴っちゃうナギちゃんがあんな綺麗なシュート打つなんて信じらんない!」
「あんたら本当失礼ねっ!!」
うんうんと頷くチームメイト達にナギはニヤけたまま悪態をつく。あまりにも理想的に決まった自分のゴールに喜びを隠せていないのだ。
それと打って変わってピッチ外で試合を観戦していた控えの選手、スタッフ達の間では大きなざわめきが起き、カウンターを食らった青チームの選手達は動揺を隠せず狼狽していた。
「まぐれね……初っぱなからスペースをがら空きにしてサイドバックにプレスをかけるなんて馬鹿のすることよ。たまたま山が当たっただけでやってることはアマチュアレベルのヤケクソプレス、次は簡単にいなしてやる」
「そ、そうですよ!! あれはもちみの奴が周りを見ていなかったから起きてしまった事故でしかありません」
二風谷の怒気が籠もった低い呟きに取巻きの一人が反応し、責任の矛先をもちみへと向ける。
「あ~ごめんねぇ。まさか両サイドともカバーされてるなんておもわなくて、私の前にも二人居たから安パイだと勘違いしちゃったよ……」
「そんなの、センターバックに預ければ解決する話じゃない!!」
「いやーそれは下げたせいでなーちゃんだけでなくほかの娘らもプレスに参加してきたらこわいなーっておもってさ」
「結局あなたのミスじゃないのッッ」
「うん、ごめんねぇ」
「キーッ!! なによその反応はぁあああッッ」
朗らかな様子のもちみからは全く反省の色が感じられず、取巻きはムキになって地団駄を踏む。そんな取巻きの様子を二風谷は静止し、切り替えを促した。
「引きこもってりゃ勝てる試合であんなことしてくるなんて、まともな脳みそしてれば予想できないわよ。とはいえ、ボランチの非には変わりないし、あんた取り返しなさいよ」
「うん、最善は尽くすよ」
元のポジションへと戻っていく二風谷らを尻目に右サイドバックの短髪がもちみに軽く謝罪する。
「僕もごめんねー、あんなことはじめてだったから対応出来なくて」
「いーのいーの、あれはオーバーラップについてって正解だよ、まこちゃん」
「でも先にもちみちゃんに合図出来てれば防げたかもしれないし」
「んー、じゃあ次はおねがい~」
「了解っ!」
もちみたち以外も青チームの選手達は各々の対応のミスを次へと繋げる為にほぼ全員が話し合い、修正に努めている。
その傍らスタッフ達は雑談に耽けり、ただ一人ルークはその青チームの光景にニヤリと笑みを浮かべていた。
「次からは青も慎重に攻めてくるだろうなぁ、黄も悪い選手達ではないんだけどムラが多い上に基礎技術が疎かだし、これ以上を望むのは酷だろう」
「黄は実質二点リードしてるとはいえ、長い残り時間守りきるのは難しいよなぁ」
そんな声のする中、いつの間にかルークの近くに一人の女性が立っていた。朝に顔を合わせたホベイロの近賀琴美だ。
「どうしてもちみちゃんがサイドバックに出すってわかったんですかい?」
「……なぜいる」
「一応あたしもこのチームのスタッフですし」
近賀がクビからぶら下げたIDを左手で持ちあげてルークに見せ、話を続けた。
「ボランチにボールが渡る所まではいつも通りっちゃいつも取り、しかしダイレクトで左サイドバックに預けるとまで予想するのは普通無理でしょうよい」
「まぐれだと言ったら?」
「ははっそんなん選手達が従うわけない。勿体ぶらずにおしえてくだせえよ」
ルークはやれやれとばかりに首を振ると、態度とは裏腹に上機嫌で話し始めた。
「もちみがビルドアップの要だということは分かっているだろう?」
「序盤は絶対にもちみを経由する。他チームからは必ず狙われちまいやすが本当に取られない、はずなんだがねぃ」
「そうだ。あいつはボールを取られる事無く相手を自陣に押し込めることに長けている。押し込んでしまえばもはや相手はロングボールを前線に放り込む以外で攻撃しようとしてもカウンターの餌食、それがこのチームの攻撃の根幹にある」
ルークの発言に琴美が頷いて同意を示す。
「その布石を打つ役割にはボールを取られる事の無いもちみが適任だろう。しかし、そもそもボールは取られないのはなぜだと思う?」
「それは、テクニックがあって判断が速いからじゃねえですかね?」
「両方共に正解だがもう少し確信に迫ればそれは経験から来ている。あいつはいくつもの試合を観戦して対戦の出方を予測して動いているのだ」
「それ……どこ情報ですかい」
「俺自身が情報源だ、そして一点を得るためにこの情報は欠かせなかった。いくらもちみがボールを取られないと言われているとしても、プレッシャーを受けて完全に平常心を保てる人間など狂人でも無い限りいるわけがないからな。普通はどこかで心理的に影響を受けているものだ。あいつはデータのある相手には強いが、データの少ない相手は時間をかけて観察する癖がある。即席チームはこの点で有利だった。後は異常なほど早いプレスをパスを出すであろう確率の高いコースにかけさせるだけだった」
「確率の高いコースって……わざわざ計算していたってことかよ……そんな計算、外れたらどうなっちまうかわからねえってのに」
「それは無い、この俺があいつの計算を計算したんだからな。合理的な相手とは実に屠りやすいものなのだ」
「冗談だろ……? もちみがパスミスまでしたのはそれだけが原因じゃねえよな」
「一つの鍵はナギだろうな。あの人間離れした脚力はもちみも計算していただろうが、俺の教えたコースでの最短距離を辿るプレスはさぞかし早くみえたはずだ。それともう一つの鍵は右ウイングのキアラを二風谷ではなくセンターバックへのプレスに走らせていたことにある」
「そ、そこまでは見えていなかった……」
「まぁ、こんなモノは一回限りの塡め手でしかないがな」
「つまり、これ以上のものがまだ残されてるってわけかい?」
動揺する琴美の問いをルークは鼻で笑って、顎でピッチを指した。琴美が確認すると既に両チームの選手達は陣形を整えており、ちょうど青チームのフォワードがボールをもちみに預けるところだ。
(……やってくれたねしゅーくん)
(元)魔王軍参謀による、華麗なるフットボール @anton
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。(元)魔王軍参謀による、華麗なるフットボールの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます