第10話『試合開始』

 二風谷が率いる青チームとルークが指揮する黄チーム。

 それぞれの色を纏った選手たちが足早にウォーミングアップを済ませて、ピッチ中央のボールが蹴り出されるのを待っているた。


「前半と後半で60分、引き分けの場合はおまえらの負け……で本当に良いんだな?」

「ええ、構いません。サブの選手達とはかなり実力差も開いてますしね」


 審判を担当する神崎が二風谷に確認した。

 サッカーは引き分けの非常に多いスポーツであり、引き分け以上で勝ちとなれば、それは双方のチームの戦術にすら影響を及ぼす。

 攻めなくて良いのならば下位のチームが常勝チームを完封することすらあるのだ。それはサッカーに携わるものならば誰でも知っている事実であり、無論確認した神崎もそれを考慮してのことだった。


「よし行ってこい!」

「ひゃ、ひゃいっ」


 ルークは側に呼び止めていた少女の背中をピッチに押しだし、指定したポジションへと行くように促した。

 褐色に日焼けしている少女はなんだかぎこちない走りで黄チームの左ウイングの位置にはいると、ぷるぷる不安気に自分の周りを見回していた。


(んー、キサラちゃんが出てくるのかぁ……)


 青チームの中盤の底でもちみは褐色の少女とマッチアップすることになった二風谷を見る。

 削るなよ(怪我をさせるなよ)という合図だが、肝心の二風谷は目の前に居る獲物を仕留めんとギラついた目付きでキサラのことを睨んでいるだけで何の反応もよこさない。

(こりゃぁ、荒れるかも~……)


 ○


「もちみッ!」

「あいよ~、うわっ」


 ピッチ全体にホイッスルが鳴り響くのと同時に、青チームは中盤のもちみへとボールを預けた。

 その瞬間もちみの次に出す筈であった左サイドへのパスコースを凄まじいスピードでナギが潰したのだ。それに留まらずナギはもちみの蹴り足に向かって飛び込むがごとくフォアチェックをかけにいく。


「ちょっ、みぎーっ」

「おらぁあああああああああああああああっっっ!!」

「あ――っぶ」


 もちみはボールを軸に蹴り足で方向転換し、すぐさま右サイドバックへと早めのボールを送った。


「クソッ!!」


(うわぁー漏らすところだったなぁ……。なーちゃんがチェックしにくることはわかってたけど、ボランチの位置からサイドバックへのパスコース潰して全力プレスかけてくるなんて反則だよ~)


「そこだ」


 ルークは呟く。

 もちみのパスが届く先にある異常な光景を見て、青チームの全員は呆気に取られた。


「な、なんでそこに、ふたりいるのかなー」


「ちょっと、これ無理だって!」


 右サイドバックの黒髪短髪がパスコースに佇んでいたのはまたもボランチの位置にいた若林。そして、後ろを黄チームの左サイドバック黒崎が走り抜けていく。


 黄チームサイドへと走り出していた青チームのウイングと試合開始と同時に青チームサイドに走り出していた黒崎との距離は大幅に開いており、マークは完全に外れていた。


「ああーっもうっ!!」

 若林との競り合いを中止し、短髪は後ろを抜けていった黒崎を追う。若林との競り合いに負け、青チームサイドの深い位置でボールを持たれるよりはマシ、という判断だった。


「キサラさん、行くよ!!」

「大丈夫でぇぇす」


 フリーの状態でボールを受けた若林は黒崎の方をチラリと見やると、キサラの名を呼んで低く早いパスをバイタルエリア(ペナルティエリアの前)へとおくった。


「ノールックッ!?」


 キサラに前を横切られたボランチの反応が遅れ、キサラは完全にフリーになっていた。本来のマーカーである二風谷は右サイドバックのマークに追われ、対応出来ていないのだ。

 センターバックがキサラにプレッシャーをかけようと前に出る。

「待ってそいつは――」


 が、その叫び声は遅かった。

 ボールは既にキサラの元を離れ……。


「オラァアアアアアアアアアァァアアアアアアッッッッッ!!」


 竜の咆哮がピッチの視線全てを一瞬でものにした。

 大きく振りかぶった右足が地を抉るようにピッチの芝を削り取り、目の前に転がってくるボールを捉える。

 銃弾を撃ち出すような音がしたあと、ボールはセンターバックの顔を掠めてゴール右上隅へと舞い上がる。


(重ッッッ!!?)


 止めようとしたゴールキーパーの右手を弾き、撃ち出されたボールはコースを変えることなくゴールマウスを貫いた。

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