デスゲーム

 体育の授業が終わって、僕らは教室に戻るところだ。運動があまり得意でない僕としては、とても解放感がある。


「芯条、芯条よ」


 隣を歩いていた背の高い男子が、僕の名前を呼んでいる。こいつの名は宇佐美。教室では僕の前の席にいる男だ。


「なあ、芯条」


「うん?」


「ちょっと今から、雑談をしたい」


「いちいち前置きしなくていいよ」


 雑談なのであれば。


「いわば、しばしご歓談だ」


「結婚式みたいだな」


「芯条は、誰が勝ち残ると思う?」


 話が飛び過ぎて、質問の意図がわからなかった。


「勝ち残るって、何に?」


「いわゆる、デスゲームだ」


 物騒なことを言う。


「いわば、隔離された環境に突如集められた人間たちが、生き残りをかけて戦うことを謎の人物から強いられるゲームだ」


「丁寧な説明をありがとう」


 わかりやすかったけど。


「俺たちのクラスでデスゲームが行われたとしたら、誰が生き残ると思う」


「僕らのクラスで?」


「ああ。最後の一人になるまで戦うとして、その最後の一人には誰がなるのかという話だ」


 と言われても、


「どういうルールで?」


 ルールがはっきりしないとなんとも言えない。


「そこまで具体的に考えていない」


 雑談だった。


「今から二人で決めよう」


「僕らが?」


「ああ、俺たちがゲームマスターだ」


 別に嬉しくもない。


「じゃあ、まあ、ひとクラスだと結構人数いるわけだから、舞台は無人島みたいなところじゃないかな」


「そうなるだろう」


「それで、一人一人別のエリアに配置される」


「だろうな」


「で、なんか手錠かなんかはめられてて、外そうとすると爆発する」


「ふむ」


「それで、だんだん生存エリアが狭くなっていって、はみだしても爆発する」


「なるほど。打倒だが」


 だが?


「オリジナリティに欠けるな」


「いいだろ」


「いわば、ベタだ」


「いいだろ別に」


 雑談なのだから。


「じゃあ、宇佐美もなんかアイディアだせよ」


「そうだな」


 宇佐美は少し考えてから言った。


「一人一人に武器が支給されるのはどうだ」


「ベタだな」


「重要なのはここからだ。その武器はランダムで、当たりハズレがあるというのはどうだ」


「それを言ってんだけど」


 ベタだと。


「こういうのは想像しやすい方がいい。いわば、ベタがベストだ」


 開き直った。


「さて、芯条。誰が勝ち残ると思う」


「うーん」


 あまり真剣に考えることでもないけど、なんとなく想像してみる。


「やっぱり、運動部のやつとかが強いんじゃないかな」


 頭脳戦もあるだろうけど、結局はサバイバル。身体能力の高いやつが勝つんじゃないだろうか。


「案外、句縁とか勝ち残りそうだな」


「柿月か。悪くない予想だ」


「だろ」


「だが、残念だ。柿月は俺が仕留める」


「ゲームマスターじゃなかったの?」


「マスターみずからがデスゲームに参加するスタイルだ。いわば、プレイングゲームマスターだ」


 いかれてやがる。


「じゃあ、僕も参加してんの」


「ああ。序盤で敗退したが」


 知らぬ間に死んでた。


「残念だ。武器が湯葉だったのが敗因だろう」


「めちゃくちゃハズレ引いてんじゃん」


 ゲームマスターなのに。


「ああ。二人仕留めるのが限界だった」


「二人も仕留めたの?」


 湯葉で?


「あっつあつの湯葉だからな」


「何が『だから』なんだ」


 あっつあつの湯葉でどう致死ダメージを与えるんだ。


「芯条もよく戦ったが、やはり湯葉ではどうにもなるまい。痛くないよう、俺が一撃で仕留めたから、許してくれ」


「宇佐美が仕留めたのかよ」


 マスター同士の戦いが序盤で終わってた。


「宇佐美の武器はなんなんだ」


「【安息の言の葉】だ」


「……は?」


 なんか、変なカッコつけたワードを繰りだしてきた。


「【安息の言の葉】……。唱えるだけで、耳にした者に永遠の安息を与える魔法の言葉。いわば、死の呪文だ」


 それって。


「武器っていうか、能力じゃん」


「能力のことを武器ともいうだろう。いわば、『俳優としての武器は方言です』とか。『アイドルとしての武器はダンスです』とか。『芸人としての武器は猫のモノマネです』とか」


「三つ目の武器はだいぶ弱いけど」


「だから、いわば能力も武器とカウントする。与えられたのだから仕方がない」


「自分で決めたくせに」


 ずるい。


「だが、この言葉はこの島では他人が声に出し唱えても効力を発揮する。俺は他の参加者に言葉を聴かれないよう、一対一の状況に持ち込み戦わなければならない」


「ちゃんと弱点もあるんだな」


 それでも強いけど。


「俺は【安息の言の葉】で、次々と他の参加者たちを倒していく。武器がハブラシの柿月、武器がつまようじの小林さん……」


「宇佐美以外の武器弱すぎない?」


 しかも女子ばかり倒すな。


「武器がグレネードランチャーの」


「急に強い」


「先生」


「先生も参加してたの?」


「ああ。ランチャーの使い方がわからずに戸惑っているところを、【安息の言の葉】で一撃だ」


「最強だな」


「そして、最後にエリアが切り立った崖の上だけになった時、そこに立っていたのは二人だけ。この宇佐美と、そして――沙鳥さんだ」


「沙鳥?」


 意外なやつが生き残っていた。教室では僕の斜め前の席に座っている女子、沙鳥。朝からめちゃくちゃ眠そうにしていた女子、沙鳥。


「あいつにサバイバルを生き残る体力はないと思うけど」


 いつも寝てるし。


「芯条よ。沙鳥さんに与えられた武器が何かわかるか?」


「……洗濯ばさみとか?」


 さっきの流れだと。


「【共鳴の真なる心】だ」


 また変なカッコでてきた。


「なんかの能力?」


「ああ、いわば――テレパシーだ」


 一瞬ドキッとしてしまった。


 なぜなら、僕と沙鳥は実際のところ、声を出さなくても言葉のやりとりが出来るテレパスで、実際にテレパシーが使えるからだ。


 しかし、宇佐美がそんなことを知るはずはない。偶然だろう。


「【共鳴の真なる心】で相手の考えを先に把握することで攻撃を避け、自らは誰の命も奪うことなく、最後まで生き残ったわけだ」


 実際のところは僕としかテレパシーできないのだけど。


「そして、俺と彼女だけが生き残る。これがどういうことかわかるか?」


「さあ」


「俺が絶対的に不利なわけだ。なぜなら、彼女は【安息の言の葉】を【共鳴の真なる心】で先に知ることができる」


「ええっと、即死呪文をテレパシーで知れると」


「それだ、いわば。つまり、死角から俺に近づき、彼女が先に言葉を唱えてしまえば、彼女の勝ちだ」


「大ピンチじゃんか」


「だが、崖の上で俺の前に現れた彼女はその言葉を発しない……。ゲームマスターゆえに彼女が【共鳴の真なる心】を与えられたと知っている俺は必然、問いかける。なぜ、俺を殺さない、と」


 宇佐美は嘆くように首を振った。


「そこで彼女は、初めて明かすのだ。自らが、世が混乱に陥った時、それを鎮める戦いに明け暮れてきた一族の末裔であることを」


 なんかちょっと方向性変わってきた。


「しかし、彼女は戦うことを望んでいなかった。そして、この島での経験を通して改めて争いの虚しさに触れてしまった。彼女は言う……」


 宇佐美は特に声色を変えるでもなく、沙鳥のセリフを言った。


「もし、ここを抜け出しても、いずれまた同じような思いをする運命なら、私、もう生きていたくない。お願い。私を運命から解き放って。お願いよ、涼くん」


「……涼くん?」


「いわば、俺だ」


 そんな名前だったっけ。沙鳥は知らないと思うぞ。俺ですら知らないのに。


「俺は彼女の願いを聞き入れ、泣きながら【安息の言の葉】を唱えるのだ。その言葉とはそう……。『きみを永遠に愛している』」


「へ、へえ……」


 なにそれ切ない。


 というか、こいつめちゃくちゃ具体的に考えてたな、さては。


「まあ、そんなわけで、デスゲームの勝者は俺というわけだ」


「……もう勝者って感じでもないけど」


「ああ。いわば、争いは悲しみしか生まない」


 思ったよりも壮大な展開で、架空のデスゲームは幕を閉じた。





 教室に戻ると、沙鳥が宇佐美の席に座って突っ伏して寝ていた。


「芯条よ、なぜだ」


「さあ」


「いわば、俺に気があったのか?」


「それはない」


 名前もろくに知らん。


「ではなぜだ」


「わかんないけどたぶん……間違えたんじゃないか?」


 体育の前の時間から、今日の沙鳥はいつも以上に眠そうだった。教室まで来て力尽きて倒れこんだのが宇佐美の席だったのかもしれない。


「そうか。では、どいてもらわねばな」


「ああ」


 そう言って、宇佐美は沙鳥が突っ伏して寝ている自分の席の横に立った。


 そして、


 しばらくそのまま立っていた。


「どうしたんだ、宇佐美?」


「芯条よ」


「うん?」


 宇佐美は無表情のまま言った。



「どうしよう」



 声もかけられない宇佐美では、きっと沙鳥に勝てない。




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