十二支

 教室では、生徒たちが黙読をしている。


 国語の授業がまた新しい単元に入り、まずは教科書の文章を黙々と読んで、内容を理解する時間だ。


 黙々と読むから黙読なわけで、しゃべっている生徒なんていない。


〝芯条くん〟


 でも、僕の頭の中には女子の声が響いていた。斜め前の席に座っている女子、沙鳥の声だ。


〝芯条くん、芯条くん〟


 この声は僕だけにしか聴こえない。僕と沙鳥は頭の中で念じるだけで言葉のやりとりができる、テレパスってやつなのだ。


〝あけましておめでとうございます〟


 新年のあいさつをする沙鳥に、僕は適切な言葉を返した。


〝もう一月も半ばだけど〟


 三学期が始まって、何日も経っている。すでに新春ムードもなく、今更あけましてなどと言っているのはおかしい。


〝あれれ、です。一月いっぱいは、あけましておめでとうと言うルールではありませんでしたっけ?〟


〝そんなルールはない。最初の一回だけだよ〟


〝なるほどです。初回のみガチャ無料みたいなことですね〟


〝全然違うけど〟


〝残念です。いつまでもおめでたくありたかったのですが、もうこの世界はおめでたくないのですね〟


 沙鳥の頭の中は、いつだっておめでたいんだけど。


〝楽しかったお正月のことなんて、みんな忘れてしまったのです。あんなに楽しかったのに。かまぼこ、数の子、ゴマメ、栗きんとん、黒豆、お雑煮、御汁粉、甘酒――〟


〝飲食の思い出に偏ってるな〟


 さすがは沙鳥。


〝――ナポリタン〟


 沙鳥家で、お正月料理に飽きるタイミングがあったらしい。


〝――ピザ〟


 出前を取ったらしい。


〝じゅるじゅる〟


 今年も脳内ヨダレを出す沙鳥。


〝きっと、今年の干支のことも、みんな忘れてしまったのでしょう〟


 確かに、干支って年末からお正月にかけてしか話題にならないな。


〝あんなにもてはやしていたのに、あの今年の干支を。今年は、あの今年の干支の年だと騒いでいたのに。このような扱いは、あの今年の干支がかわいそうです〟


〝沙鳥も覚えてないんだな〟


〝まあ、それはさておっきーです〟


 都合の悪い話題は逸らす沙鳥。


〝干支にタツが入っているのはおかしいです〟


〝どうして?〟


〝だって芯条くん。タツは、dragonです〟


  新年初ネイティブを出す沙鳥。


〝ドラゴンは――〟


 普通に言い直した。


〝――存在しない生き物です。なのに、どうして実在する振りをして選ばれているんですか〟


〝実在する振り?〟


〝他のメンバーは実在するわけですから、きっとタツも、自分は実在すると監督に言い張って強引にレギュラー入りしたに決まっています〟


〝監督って誰だ〟


 レギュラーってなんだ。


〝神さまさんです〟


 敬いすぎて逆になんか軽くなった。


〝別に、実在しないのが混ざってたっていいじゃんか〟


〝だめです。干支というのは、一年をつかさどる象徴なのです。その大事な役目に、現実には存在しない非科学的で不確かな動物を認めてしまってよいのでしょうか。神さまさんもなぜ許したのでしょう〟


 神の存在は疑わない沙鳥。


〝ここはタツをクビにして、新メンバーをオーディションです〟


 今日までがんばってきたのにかわいそう。


〝干支、第七期オーディションの開催です〟


〝過去六回あったの?〟


〝さあ、芯条くん。候補者をエントリーさせてください〟


〝なんで僕が?〟


〝そういうのがうまそうだからです〟


 なんか僕のことを持ち上げだしたけど、新しい干支になる動物の候補を提案するのがうまそうと言われて嬉しいことは何もない。


〝さあ、候補者を推薦してください〟


〝じゃあ……キツネはどうかな?〟


〝なぜキツネです?〟


〝干支になりそうなくらいメジャーな動物だし、日本っぽいし神様の使いみたいなイメージもあるからいいんじゃないかな〟


〝うーんです〟


 沙鳥は思案した。


〝キツネはだめです〟


〝どうして?〟


〝やつらは人を騙します〟


〝騙されたことのある人の言い方だな〟


 沙鳥とキツネの間に何が。


〝縁起のいい動物たちの中に、ペテン野郎をまぎれこませるわけにはいきません。キツネ以外の生き物にしてください〟


 沙鳥の許可がおりない。しょうがなく、僕は他の候補を考えた。


〝じゃあ……カメはどうかな?〟


〝なぜカメさんです?〟


 なぜカメには敬意を払っているのです。


〝やっぱり日本っぽいし縁起いいし、他の干支ともあんまりかぶってない感じがするから、いいんじゃないかな〟


〝うーんです〟


 沙鳥は思案した。


〝カメさんはだめです〟


 敬ってるけどダメだった。


〝どうして?〟


〝カメさんでは、ちょっとキャラクターが弱いです〟


 敬ってるけどダメだししていた。


〝甲羅あるし長生きだし昔話もあるしキャラ充分あるよ〟


〝芯条くん。よく考えてください〟


 こんなことよく考えてもしょうがない。


〝初めからカメさんが干支だったのならいいです。ですが、今はタツのかわりに入るメンバーを探しているのです。そうなるとどうです?〟


〝どうって?〟


〝同じ爬虫類として、タツの方が明らかにキャラ立ちしています〟


 タツって爬虫類なのかな。


〝タツは空を飛び、火を噴き、雨雲を呼び、雷を起こし、そしてヒゲがあるのです〟


〝最後が一番地味な特徴だな〟


〝甲羅があって首がちょっと伸びるくらいでは太刀打ちできません。タツの方が長生きでしょうし、何よりカメさんにはヒゲがありません〟


〝ヒゲそんな重要なの?〟


〝爬虫類系でタツの穴を埋めるなら、玄武さんくらいのインパクトがないと〟


 玄武。なんか化け物じみた中国の亀の神様。


〝じゃあ玄武を入れたら?〟


〝架空の生き物を排除したいという方針で始めた話です〟


 そうでした。


〝カメさん以外でお願いします〟


 沙鳥の許可がおりない。心の底からどうでもよかったけど、こんなに却下されるといい案を出したくなってくる。僕は新たな干支案を模索した。


〝じゃあ……ネコは?〟


 ここは一番ベタな案でいこう。シンプルイズベストだ。


〝ネコは普通すぎます〟


 即却下された。


〝トラともかぶっていますし〟


 もっともらしい理由もつけられた。


〝もっと攻めたアイディアをください。無難なアイディアばかりではターゲット層の心はつかめないのです〟


 この場合、ターゲットは層でなく一人なんだけど。


〝日本の動物にとらわれていてはいけません。せっかく新しく加入するのですから、グローバルな視点でお願いします〟


〝じゃあ、ミーアキャットとか〟


 これはかなり攻めたと思う。


〝干支に、カタカナで七文字もある動物はどうかと思います〟


〝沙鳥が攻めろって言ったんだろ〟


〝それにです。ネコは却下したはずです〟


〝ミーアキャットはネコじゃない。マングースの仲間だ〟


〝まんまと騙されました。ペテン野郎はだめです。他の候補をお願いします〟


〝じゃあ、オオサンショウウオ〟


〝爬虫類はだめです〟


〝両生類だけど〟


〝両性類は爬虫類と見なしています〟


 生物学会を揺るがす沙鳥。


〝他の候補をお願いします〟


〝じゃ、カモノハシ〟


 ほ乳類なのにクチバシと水かきあるし卵産むのに乳が出るし毒持ってるしだいぶキャラはある。


〝芯条くん、何度言わせるのです? 実在しない動物はだめです〟


〝カモノハシはいるけど〟


〝カモノハシは実在しないものと見なしています〟


 見なすなよ。


〝いや、いるよカモノハシは〟


〝いずれにせよ、だめです〟


 沙鳥は厳しい口調で念じてきた。


〝いいですか、芯条くん。もしカモノハシが入った場合、干支は「ね」「うし」「とら」「う」「かも」「み」となります。これは大問題です〟


〝どこが?〟


〝「かも」では、カモノハシなのか、それともカモさんなのかはっきりしません〟


 カモも敬うべき対象らしい。


〝そんな曖昧なものは入れられません〟


〝そんなこといったら「うし」と「う」だってかぶってるし、「ね」もネコとまぎらわしいってことにならない?〟


〝現メンバーは、もう浸透しているのでそんな心配はいりません。しかし、これから加わる新入りでは問題になるのです〟


 なんか一理ある意見。


 いや、あるのか。この会話自体に0.01理もないんじゃないか。


〝じゃあ、もうダニとかでいいんじゃない〟


 いよいよ面倒になって適当な案を出した。


〝ダニさんですか〟


 敬意を払う基準がわからない。


〝身近な生き物ですし、他の干支と名前もキャラクターもかぶらない意表をつく人選、悪くないです〟


 悪いだろ。一年をつかさどる生き物がダニじゃ。ダニ年生まれなんてあんまり名乗りたくない。


〝でも、だめです〟


 沙鳥も冷静になったらしい。


〝年賀状のイラストが可愛くなくなります〟


 懸念はそこなのか。


〝ふう、やれやれです。まいりましたね。タツにかわる干支候補がこんなにも見つからないなんて〟


 判定は沙鳥次第だけど。


〝ここは発想を変えましょう。今のところ、タツの問題点は実在しないことだけです。ということはです。もうおわかりですね?〟


〝全然わからないけど〟


〝タツが実在する、ということを証明すればいいのです〟


 なるほど。たしかにそれで問題点はなくなる。


〝さあ、芯条くん。ちょっとdragonを探してきてください〟


〝嫌だよ〟


 そんなコンビニ行くくらいの感覚で、伝説になりそうなクエストに出られるものか。


〝意外と、その辺りにいるかもしれないですよ〟


 いるわけないだろ、と言いかけて僕はやめた。沙鳥のいう通り、案外その辺にいないとも限らない。



 だって、テレパスはいるのだから。



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