放課後
放課後の教室で、僕は幼馴染の女子と一緒にいた。
巻いているマフラーは初めて見るもので、いつもの彼女より、ちょっと背伸びしているようにも見えた。
「
僕は、黒板の前で向かい合って立っている幼馴染に言った。向かいあっているといっても、小さな彼女は僕に目線を合わすために首を持ち上げている。
「急に呼び出したりしてごめん。でも、直接会って言いたかったんだ」
気恥ずかしいけど、僕は続けた。
「僕は……柿月さんが好きです。よかったら、僕とお付き合いしてくれませんか?」
言った。
言わないと進まないのだから、言うしかないのだった。
それを聞いた幼馴染は。
「……」
神妙な顔をして、そして、
「……あはははは!」
めちゃくちゃ笑いやがった。
「いや、笑うなよ」
「あはは……。いや、だってしんいちがなんかすげーまじめなかおして、かきづきさんとかいってっからよー。あはは!」
「
「わりい、わりい」
僕は何も、こんな女らしさのかけらもない、まだ小学生でも通用しそうなナリのちびの幼馴染に、突然恋心を抱いたわけではない。
なんでこんなことになったかというと、話は帰りのホームルームの少しあとにさかのぼる。
「しんいちさん」
僕の机に、とてとてとやってきた句縁が言った。
これは嫌な予感がする。句縁が、わざわざ「さん」などとつけて僕のことを呼んでくるのだ。何か面倒くさいことを頼まれるに決まっている。
「しんいちさま」
グレードが上がった。
「しんいちそうほんけ」
さらにグレードが上がった……のか?
「なんだよ句縁」
面倒くさいとはいえ、句縁の言うことだ。きっとしょうもない話だろうと思っていたら、返ってきたのは意外な言葉だった。
「ラブレターてきなの、もらった」
は?
「誰から?」
「しらねーだんし。こくはくしたいから、ぶかつのあとでたいいくかんうらにきてくださいって。あさ、つくえにはいってた」
それはラブレターてきなのじゃなくて、ラブレターじゃないか。
こんな女らしさのかけらもないまだ小学生でも通用しそうなナリのちびでも、好きになるような男子がいるのか。この世は夢があるな。
「めんどくせーからことわる」
夢がないな。
「でも、うまくことわるじしんがねー」
そうかな。すんなり断れそうだけど。
「だから、れんしゅうにつきあってくれ」
「なんで僕が」
僕は早く帰って補習をしたい。授業に集中できない分の遅れを取り戻さないと。
「しんいちがコクられたときも、ことわるれんしゅうつきあってやるからよー」
「断る前提にすんなよ」
「コクられるぜんてーでいるなよ」
そっちが言い出したんじゃないか。
「あ、そっか。だれにもコクられねーやつだと、あとでおかえしできねーな。べつのやつにたのもう」
そこまで言われたら、黙ってはいられない。
「わかったよ」
僕にもプライドがある。いつか誰かの告白を立派に断るときのために、今、句縁に貸しを作っておいてやろうじゃないか。
「付き合えばいいんだろ」
「いやつきあわねー。ことわる」
「そういう意味じゃない」
そんなわけで僕と部活を休んだ句縁は、誰もいなくなった放課後の教室にいる。
「もう一度やり直すがいい。いわば、反復」
訂正。実はもう一人いた。クラスメイトの男子、宇佐美だ。
断る練習とはいえ、二人きりだと気まずいものを感じたので第三者に来てもらったのだ。これでもし誰かに目撃されても言い訳しやすい。宇佐美がいて助かる。
「うさみ、なんでいんだよ」
せっかく来てもらった人になんてことを。
「俺が存在するのに、理由が必要な場所などない」
本人がよくわかんないこと言ってるから、まあいいか。
「柿月よ。練習だというなら、真面目にやらなければ意味がないだろう。いくら芯条の挙動が滑稽でも笑うな。いわば、笑止」
それは意味がちょっと違うだろう。
「しょうがねーな」
なんで句縁が付き合わされてるみたいになっているんだ。
「……句縁。ちゃんと断る台詞考えてあるのか?」
「ある! いまなら、ひゃくにんにコクられてもことわれる!」
モテモテ句縁。
「じゃあ、仕切り直して……」
僕はまた真剣な顔を作って言った。
「柿月さん」
練習とはいえ、改まって告白の台詞を言うのはなんだかこそばゆいものがある。
句縁は、またクスリとしそうになったが、なんとか耐えた。
「僕は柿月さんが好きです。もしよかったらお付き合いしてくれませんか?」
句縁は無言で僕をにらみつけて、
「ことわる!」
威勢よく言った。
「じゃ!」
そして去ろうとする。
「待て句縁」
「ダチでもねーのによびすてすんな」
「いや、もうこれ芯条信一に戻ってるから。告白役から抜け出してるから」
「なんだ。じゃあ、ゆるす」
ありがとう。いや、ありがとうじゃない。
「句縁。そんなあっさりした断り方ないと思うよ」
「そーか。でも、はっきりことわったほうがあいてのためになるんじゃねーのか」
「そうかもしれないけど、もうちょっとなんかあるだろ?」
「うーん」
句縁は口を結んでちょっと考えた。
「んじゃ、もういっかいたのむ」
僕はまた改まって言った。
「僕は柿月さんが好きです。もしよかったらお付き合いしてくれませんか?」
句縁は僕を強くにらみつけて、
「わりい! こんせいでは、ことわる!」
威勢よく言った。
「じゃ!」
「いや、じゃじゃなくて」
「なんだ、ことわったのにしつけーな」
「もう芯条です」
「おう、しんいちか。ゆるす」
なんだこのくだり。
「句縁。なんだよ、今世では断るって」
「らいせにきぼうがもてるかなって」
絶望だそれは。
「断る理由とか、ちゃんと言ってくれた方が相手も納得するんじゃないのかな」
訳もなく、ばっさりよりかは。
「そういうもんか?」
そういうもん、じゃないのかな。
僕では経験値が足りない。ここは日々、好きな女子ランキングなどをつけている男子の意見を聞いた方がいいかもしれない。
「宇佐美はどう思う?」
無表情で腕を組んだままの宇佐美は重い口を開いた。
「わからん」
「わからんのかよ」
「だが俺なら、断られるのなら、どんな言葉にせよショックだ」
まあ、そりゃあそうだろうけど。
「たぶんショックだと思う。いわば、推測」
こいつも経験値はなかった。
「柿月よ。いっそのこと承諾すればいいのではないか。いわば、ラブラブだ」
いきなりラブラブにはなるまい。
「それはねーな。うちはラブラブしてるよゆーがねー。ぶかつがだいじ」
硬派だな。
「あと、そもそもしらねーやつだし」
もっともだ。
「じゃ、句縁。それを丁寧に言ったらいい。無下に断るよりいくらか誠意があるから」
「おう。じゃあ、それでいこう。もういっかいたのむ」
僕は再び、句縁に恋した見知らぬ男子になった。
「柿月さん」
僕が句縁の苗字を呼んだ時、頭の中に声が聴こえた。
〝おやおや、です〟
クラスメイトの女子、沙鳥の声。
僕と沙鳥は、直接声を出さなくても言葉のやり取りができる、テレパスと呼ばれるタイプの能力者なのだ。
しかし、なぜ今。
〝教室から聞こえる声は……芯条くんの声ですね〟
沙鳥は廊下にいて、教室から漏れ聞こえた僕の実際の声に反応したらしい。
〝そして誰かと一緒にいるようです〟
沙鳥が推理をする。
〝誘拐中でしょうか〟
ポンコツ推理だった。
〝違うよ〟
〝おやです。テレパシーの方の芯条くんもいたのですね〟
〝そりゃそうだろ〟
沙鳥は現実の僕とテレパシーの僕が別々に存在していると思っていたのか。
〝沙鳥は、なんで廊下にいるんだ〟
〝ちょっと机にノートを忘れてしまったので、取りに戻ってきたのです〟
タイミング悪いな。
〝でも、今確認してみたら、やっぱりかばんに入っていました。戻り損です〟
そういうことある。
〝芯条くんは何をしてるんですか?〟
〝僕は……〟
なんて説明したらいいのだろう。
正確に説明するなら、句縁が男子にラブレターをもらって呼び出されたから、断る練習をするのに付き合っている、なのだけど。
句縁の恋愛事情を、無関係な沙鳥に教えていいものか。
「……しんいち?」
いつのまにか、句縁が首をかしげて僕を見上げていた。急に黙り込んだので不思議
に思ったのだろう。
「なにだまってんだよ」
「ごめん」
〝おやおや、です〟
沙鳥のテレパシーが飛んでくる。
〝一緒にいるのは、柿月さんです?〟
まずい、ばれた。
〝ひょっとして監禁中ですか〟
〝違う〟
犯罪から離れてくれ。
〝では、お二人で何を?〟
〝いや、二人じゃなくて――〟
「しんいち!」
ああ。会話が混線している。
〝では、七人ですか?〟
〝なんでそんな増えるんだよ〟
「おい、しんいち!」
〝野球をしているのかと思いまして〟
〝だったら足りないけど〟
「なにいまさらもじもじしてんだよ。まじめにやれよ!」
「いや、ごめん」
「はやく――」
「――さっきみたいに、うちがすきっていえよ!」
句縁は、教室に響くような声でそれを言った。
まずい。
完全に状況を勘違いされてしまいそうなフレーズが、沙鳥に聞かれてしまったのではないか。
〝芯条くん……〟
〝あの、これは――〟
沙鳥は念じてきた。
〝大丈夫です。事情はきちんとわかってます〟
え、そうなのか。
〝お邪魔してしまいましたね〟
〝いや、沙鳥……〟
〝立ち聞きも申し訳ないので、私はこのあたりで、ゴロンします〟
するならドロンだよ。
という念を返すこともできず、僕が言い訳の言葉を考えている間に、沙鳥のテレパシーは、もう聞こえなくなってしまった。
まだ句縁が何かきゃんきゃん言っていたようだけど、僕にはしばらく、それも聞こえなかった。
【つづく】
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