職員室

 あろおん。


 私は孤独。なぜなら職員室で一人、採点作業をしているからですね。


 憧れていた教師の仕事。


 生徒たち、すちゅうでんとから慕われて、時に優しくかいんどねすに、時に厳しくはーどねすに。


 思春期の少年からあいらぶな告白なんかされちゃって、それを大人な私はあだるとに断っちゃったりして。


 そんな生活を思い描いていたのですが、ううぷす。


 現実には生徒と接する時間ばかりでなく、授業の計画を立てたり試験問題を作ったり、試験が終われば採点採点。


 机に向かう時間の多いこと。ですくわあく。私は本当に生徒たちの力になれているのでしょうか。


 のんのん。悩んでも仕方ない。


 試験の解答は意志のひとかけら。わんぴいす。うぃいああ。採点作業だって、生徒たちとの心のふれあいに違いありません。


 一人なんて思わず、みんなと対話をするつもりで採点しましょう。とーきんぐ。すぴーきんぐ。


「一人で居残りですか」


 現実を突きつけてきたのは、同じ学年を担当する国語の先生、男。まん。いつのまにか職員室に入ってきていたみたい。


「採点が終わらないんです」


 私がそう言うと、同僚はくすりともせず言いました。


「いつもですね」


 そうです。いつもです。


「なぜいつも終わらないんですか」


 なぜと言われても。


「……はあ、きっと要領が悪いんです」


 同僚はにこりともせずに言いました。


「なるほど」


 うう。別にふぉろおするわけでも、イジってくるわけでもない。


 同僚はそれから、何も言わずに自分の机に座ると、もう私のことなど見えていないかのように自分の作業を始めてしまいました。



 私、彼が少し苦手。どんとらいく。


 

 さっさとお仕事をふぃにっしゅして、気まずい職員室から出ましょう。


 私はコーヒー、こおふぃいを口に運びました。苦い。のんしゅがあ。


 採点も骨が折れます。私は英語、いんぐりっしゅ、世界の共通言語の教師ですが、今採点しているのは、のっといんぐりっしゅ。担任のクラスで行った特別授業の答案ですね。


 中学二年生といえば、将来のこともぼんやり考えたいお年頃。いつか履歴書を書いたり面接を受けたりすることを想定して「私、みいの自己PR」という小テストを行ったのです。


 思えば私も大学生、すからあだった頃はいくつかアルバイトをしたものです。


 履歴書って本当に書くのが面倒。間違えても消せないし。アピールできる長所なんて英会話だけ。志望動機なんて、ぶっちゃけ通える距離でまあまあできそうなお仕事だからくらいしか無いし。でも、そう書くわけにもいかないし。でいふぃかると。


 今から練習するのも、きっと社会勉強になるでしょう。


 私はセーター、すうぇたあの袖をまくりました。採点に戻ります。りたあん。


 つづいては――みすたあ芯条君ですね。





〈芯条信一〉


 私の長所は何事も堅実に取り組むところです。そして、いつでも物事を真剣にとらえるようにしています。他に挙げるとすれば、実直なところです。また、他人からは真面目な性格だと言われます。

 




 おお。なんとも芯条君らしい文面。


 真面目なのはいいのですが、これでは同じことを繰り返しているだけで具体性がありません。これは減点対象。まいなすぽいんと。


 彼は成績が向上しないのが不思議なくらい真面目ですが、授業中、上の空で全然話を聞いていないことがしばしばあります。


 お年頃の男子。きっと異性のことですね。好きな女子のことか、エッチなことかどちらか。ぷりてぃがある。せくしいがある。


 はうえばあ。でも、みすたあ芯条君。真面目な男子は好かれません。お付き合いするなら誠実で一途な人がいいとか女子は言いますが、本当のところ、そういう男子は重くて面倒くさいのです。


 があるの扱いに慣れている、誠実そうな振りして遊び倒しているようなぼおいの方が一緒にいてラク。


 と、大学の時、友達が言ってたな。正直、私はその辺の事情はうとくてよくわかりません。あいどんのう。


 普通に真面目な人が私はぐっどです。芯条君のぷりてぃがあるが、私のような考えだといいですね。


 点数と講評を答案用紙の余白に記します。らいてぃんぐ。ひとつひとつ講評を書かないといけないので、この手の採点は時間がかかりますね。


 つづいては――みず柿月さん。





〈柿月句縁〉


 えっと、長所ですか。そうですね。うちは部活やってるから、すげー走れます。あと、すげージャンプする。あと、女の勘のレベルがやべー。あ。先生、嘘だと思ってるでしょ。じゃあ勘で言いますけど、先生は国語の先生とできてる。間違いねー。





 おお。まず言葉づかいをなんとかしなさい。


 生徒と対話したいと先生は思いました。でも、本当に対話みたいな文章ではちょっと困惑。本物の履歴書ならおそらくだめ。あうと。


 運動部に入っていることはたしかに長所。ただ、柿月さんの背では「すげージャンプ」したとしてもあまり期待はできそうにないです。たいにいがある。


 女の勘については、残念ですがとんだ的外れ。みすていく。どちらかというと逆ですね。どんろらいくひむ。


 部活動から自己PRするなら「集中力があります」とか、そんなところが妥当でしょう。私はそのように講評します。柿月さんの集中力についてはちょっと怪しい気もしますが。


 さて、つづいては――みすたあ宇佐美君。

 




〈宇佐美涼〉


 種族【ヒューマン】ジョブ【中学生】HP【B】攻撃【B】防御【C】素早さ【C】魔力【F】精神【D】回避【D】総合ランク【C】所持スキル【威圧感】【緊張感】【疎外感】【超常否定】





 おお。完全にふざけてますね。ばっどぼおい。


 ただ、ふざけているわりによく見ると、正直に中学生と名乗っていたり、SランクやAランクは一つもなかったり、魔力はおそらく魔法が使えないことを意味するFランクにしていたり、現実的な評価をしていますね。変なところで律儀。


 所持スキルも超常否定についてはよくわかりませんが、他は本当にありそうですね。ずいぶん客観的に自分を見てます。


 疎外感とは、周囲に疎外感を与えているのでしょうか。それとも自身が疎外されているのでしょうか。いずれにしても少しかわいそう。


 講評は厳しくしなければなりませんが、精神、めんたるはD評価ですし、なるべく優しい表現で書いておきましょう。じぇんとりい。


 つづいては――ああ。



 みず沙鳥さん。



 教師としてこんなことを言うべきではないですが、私、彼女が少し苦手。


 なぜか。授業で当てた時以外ほとんどしゃべってくれないのです。先日行った二者面談でも、質問にうなずいたり首を振ったりするばかり。


 だからといって、悪い子とも思わないのですが……。何を考えているのか、よくわからないのです。


 とりあえず回答を見ましょう。





〈沙鳥蔦羽〉


 誰にでも気さくに話しかけるのがいいところです。いつものほほんとしているみたいですが、厳しく言う時はちゃんと言います。嫌いだと言っている人を見たことがないです。こんな人になりたい。そんな人です。





 おお。これはどういうことでしょう。ほわっと。


 沙鳥さんが気さくに話しかけている姿なんて見たことありません。のっとしい。


 そして「嫌いだと言っている人を見たことがない」「こんな人になりたい」だなんて、自分のことをよくそんな堂々と書けるものです。


 実情にそぐわない上に、とんだ自画自賛。


 ひょっとして、ふざけて適当なことを書いているのでしょうか。でもそんな子にも見えない。


 みず沙鳥さん、やはり苦手。


「まだ終わりませんか」


 ちょうど、同僚が苦手なのに近いかもしれませんね。


 というか、まだいたのですか同僚。


 そうだ。ちょっと聞いてみましょう。くえすちょん。


「先生。みず沙鳥さん、沙鳥蔦羽は、国語の授業ではどんな感じですか?」


「沙鳥……」


 同僚は思いだすように目線を上にずらしてから言いました。


「おもしろい生徒です」


 意外なあんさあ。


「発想が変わっている。そそっかしいところもあるみたいですが」


「彼女、全然しゃべらないのに、よくそんなにわかりますね?」


「しゃべらないんですか? 僕は担任じゃないから、雑談しているところは見たことがないので」


 おお。それもそうでした。


「ただ、答案とか見る限り、そんな印象です」


「答案から生徒の個性を把握……」


 彼はプロ。ぷろふぇっしょなるてぃいちゃあ。


「何かあったんですか?」


 プロが聞いてきました。


 ことのついでです。見てもらいましょう。


「これ、どう思います?」


 私は同僚に沙鳥さんの回答を見せました。


「真面目にこう書いているのか、ふざけてこう書いているのか、どっちでしょう。ふいっち?」


 同僚はしばらく文面を眺めると真顔で言いました。


「うん……。これは先生のことじゃないですか」


「え」


 先生って。


「……私、みいのことですか?」


「はい。誰にでも気さくで、のほほんとしているとか」


 私ってのほほんとしてるんでしょうか。


「……はあ。でもそうだとしてもなぜ? ほわい? これは『私、みいの自己PR』という授業なのですけれど……あ……」


 まさか。


「ひょっとして、私が『私、みいの自己PR』と言ったので、真に受けて、この私の自己PRを書いてしまった……?」


 なんてこと。そんな勘違いをするとは。たしかにそそっかしくておもしろい子。


 それに、この文、てきすとが私のことなら、




 

 なんて嬉しい言葉なんだ。





 答案としては0点ですが、個人的には一万点あげたいくらい。はぴねす。


「よかったですね。生徒に慕われてて」


「い、いえ」


「僕はきっと、こうは思われてない」


 私は急に恥ずかしくなりました。自分を褒める文章を、わざわざ他人に見せつけていたなんて。


 私は話題を逸らすことにしました。


「と、ところで、ばいざうえい。先生もいつも居残りですね?」


「僕も採点です」


「そうなんですか」


 私はちょっと意地悪することにしました。


「なぜそんなに時間がかかるんですか? ほわい?」


 ちょっとした仕返し。


 すると同僚は眉ひとつ動かさずに言いました。


「いい加減な採点は、生徒に悪い」



 なんだ、この人。


 真面目じゃないですか。

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