ホトトギス

 社会のおじいさん先生が、今日は声が出ている。


 無理もない。歴史の授業が戦国時代の単元に入ったのだ。おじいさんというものは例外なく戦国時代が好きなんじゃないかと思う。


 先生は迫真の演技で歴史の一場面を実演していた。


「援軍は……必ず来る!」


 長篠の合戦で活躍した鳥居とりい強右衛門すねえもんという人のエピソードは、まるでワンピースの一場面のようで胸を打つけど、試験には出そうもない。


 真面目に勉強したい僕としては、非常にもったいない時間だ。


〝なかぬなら――〟


 沙鳥の声が頭に響く。


 僕と、僕の斜め前の席に座っている女子、沙鳥は、声を出さなくても頭の中だけで言葉のやり取りができる、テレパスと呼ばれるタイプの超能力者だ。


〝ころしてしまえ――〟


 沙鳥はいつも、授業とまったく関係ない話題で僕の脳裏に忍び込んでくる。だけど今日は珍しく、多少なりとも関係のある話題だった、


 まあ、邪魔には変わりないんだけど。 


〝――ホトトギウス〟


 そして間違っている。


〝誰だよ〟


 僕は沙鳥にテレパシーで指摘した。


〝おや、この声は――〟


 沙鳥が念を返してくる。


〝――芯条氏じゃないですか〟


〝戦国っぽくするなよ〟


 僕は気になることを改めて聞いた。


〝ホトトギウスって誰?〟


〝芯条くん、知らないんですか?〟


 沙鳥は得意げに念じてきた。


〝信長さんと、秀吉と、家康さんが注目してる方ですよ?〟


 なんで秀吉だけ下に見た。


〝ホトトギウスさんが泣くか泣かないか、みんな気にしているんです〟


〝沙鳥、それ「ホトトギス」だよ〟


 僕は諭すように念じた。


〝あと、勘違いしてるみたいだけど、ホトトギスは人の名前じゃない〟


〝そんな……驚きです〟


 それはこっちのしたい反応だ。


〝セリヌンティウスさん的な人だと思っていました〟


〝なんで戦国時代に古代ギリシャみたいな名前の人がいるんだよ〟


〝では、ホトトギスってなんなのですか?〟


〝ホトトギスは鳥の名前だよ〟


〝なんだです。同族さんでしたか〟


〝沙鳥は人だろ〟


 鳥は脳内に直接話しかけない。


 いや、人も普通はそうだけど。


〝ではcryの方の「泣く」ではないのですね〟


 無駄にいい発音が出る。


〝鳥を殺すなんて、信長さんもひどいことをするものです〟


 人を殺す方がひどいんじゃないかな。


〝ホトトギスを飼うのは当時ブームだったんでしょうか。それとも、一羽をみんなで貸し借りしてたんですか?〟


〝……どういうこと?〟


〝だってです。お三方ともホトトギスのことを句にしているなんて、偶然とは思えないです〟


〝沙鳥。これ信長とかが自分で作ったんじゃないよ〟


〝……どういうことです?〟


〝あとの時代の人が、三人の性格をわかりやすく表現するために作った句じゃなかったかな〟


 たしか。


〝……話が見えませんね〟


 なんでだよ。


〝だからさ。声が綺麗だけど全然鳴かないホトトギスを見た時に――〟


 僕は丁寧に説明してやった。


〝――信長は気性が激しいから怒って殺してしまうだろう、秀吉は知恵が働くからなんとかして鳴かせようとするだろう、家康は辛抱強いから鳴き始めるのを待つだろう、っていうのを、他人が想像して作った句だよ〟


〝なるほどです〟


 沙鳥は納得した。


〝殺されたホトトギスはいなかったんだ、ってことですね〟


〝まあ、そういうことかな〟


〝では、他の歴史上の人物の場合を想像してもいいわけですか〟


〝いいんじゃないの〟


 たしか、明智光秀を表現した句もあったはずだ。


〝私の場合だったら、どんなのでしょうか〟


 沙鳥は歴史に名を刻む気だ。


〝どう思います? あとの時代の人としては?〟


〝僕は今の時代の人だよ〟


 勝手に未来人にするな。


〝そうです。後の時代の人に勝手な印象操作をされてしまっても困るので、今のうちに自分で自分の句を作っておきましょう〟


 それを印象操作というのでは。


〝鳴かないホトトギスがいるんですね……〟


 沙鳥が想像を始めた。

 ホトトギスがどんな鳥かも知らないくせに。


 まあ、僕もホトトギスを絵で描けと言われても困るけど。


〝私の句は……。鳴かぬなら……殺めてしまえ、ホトトギス。ですかね〟


〝パクリだな〟


 信長とほぼ一緒だ。


〝では……。鳴かぬなら……食べるしかない、ホトトギス〟


〝食べるなよ〟


 沙鳥らしさは出たけど。


〝うーんです。後世に語り継がれるなら、もうちょっと優しい印象の沙鳥蔦羽でありたいですね〟


 やっぱり印象操作だった。


〝鳴かぬなら……やさしくします、ホトトギス〟


〝そのまますぎるよ〟


 自分で優しいと言うやつは信用できない。


〝鳴かぬなら……一度耳鼻科で診てもらいましょうか、ホトトギス〟


〝文字数は守れよ〟


 診てもらうにしても耳鼻科じゃないと思うし。


〝鳴かぬなら……ヘトトギスだよ、ホトトギス〟


〝謎の亜種を作るなよ〟


〝鳴かぬなら、そんな私は、ホトトギス〟


〝ホトトギス目線?〟


〝鳴かぬなら、もう一羽呼ぼう、2トトギス〟


〝そんな数え方しないよ〟


〝鳴かぬなら、砂の柱に、するトギス〟


〝するトギスって何〟


 久しぶりに砂の柱が出た。


〝鳴かぬなら、私を殴れ、さあメロス〟


〝セリヌンティウスだな〟


 ホトトギスどこいったんだ。


〝鳴かぬなら、こりゃまいったな、トホホデス〟


 やかましい。


〝名曲「鳴かぬなら」で、おなじみのバンド、ザ・トトギス〟


 あ、これいよいよふざけだした。


〝鳴かぬなら、そのわけを知りたいと思う気持ちに、恋という名を付けましょう〟


 なんか素敵な詞。


〝こんなところですかね。どれが一番良かったですか? 芯トギスくん?〟


〝芯条だけど〟


 僕は率直な感想を述べた。


〝どれもだめだよ〟


 全然、沙鳥もホトトギスも関係なくなってるし。


〝だめトギスですか……〟


 沙鳥が語尾トギスを気に入りだしている。


〝では、芯トギスくんが、さとトギスの句を作ってみてください〟


 面倒な要求をしてくる。


〝僕が?〟


〝後世のかたが「沙鳥ってこんな人だったんだ」「沙鳥ってすごい」「沙鳥みたいに私もなりたい」「すべては沙鳥さまとともに」と、うやまいたくなるような一句をお願いします〟


 無茶な要求をしてくる。


〝えーっと……〟


 あまり真剣に考えてもしょうがない。僕は適当に作った。


〝鳴かぬなら、わたしと同じ、ホトトギス〟


 沙鳥はしゃべらない。テレパシーでは四六時中うるさいけど、口でしゃべることはほとんどないのだ。


 それは、はたから見れば、鳴かないホトトギスのようなものじゃないかな。


〝……どういうことです?〟


 伝わってなかった。


〝いや、沙鳥ってしゃべらないからさ〟


〝なるほどです。沙鳥のイメージから、落ち着いた大人の女性の部分を切り取ってみせたわけですか〟


 そんなつもりはまるでない。


〝まずまずです〟


 まずまずの評価を得た。


〝では、芯条くんの句はわたしが考えましょう〟


〝別にいいよ〟


 歴史に名を残す気もないし。


〝芯条くんのイメージといえばなんでしょうか……。やっぱり勉強小僧ですかね〟


〝小僧は余計だろ〟


〝あとはトレードマークの、アロハシャツです〟


〝どこがだよ〟


〝あれれです。着てませんでしたっけ?〟


〝着たことないよ〟


 たぶん。


〝ああ。あれは夢に出てきた方の芯条くんでした〟


〝じゃあ知らないよ〟


〝たしか、アロハシャツを着て、和太鼓叩いてましたよ?〟


〝ウクレレ弾けよ〟


〝叩いたの芯条くんじゃないですか〟


 僕じゃない。


〝沙鳥。後世の人に、シュールなイメージで僕を伝えるのはやめてくれ〟


〝わかりました。では、リアル芯条くんのイメージで句を作りましょう。うーん……〟


 沙鳥が長考に入った。


「――と、こんな具合で……」


 沙鳥が静かになると、先生の現実の声がくっきりしてくる。


「関ケ原の戦いを制した家康が一六〇三年に幕府を開き、いよいよ江戸時代の幕開けとなるわけだな」


 気づけば戦国の世が明けている。


 しまった。


 先生が講談モードに入ったから授業は進まないと思っていたのに、沙鳥のホトトギス漫談に付き合っているうちに、いつのまにか教師としての本分を思い出して、ちゃんと授業をやっていたようだ。


 これはまた、あとで自己補習をするしかないな。


〝……芯条くん。心得ました〟


〝言うなら、ととのいました、じゃないかな〟


 それも違う気もするけど。


〝芯条くんの句は――〟


 沙鳥は念じてきた。


〝――鳴かぬなら……念じてみよう、ホトトギス〟


 意外と普通の句だった。


〝芯条くんのイメージから、テレトギスの部分を切り取ってみました〟


〝そんなイメージないよ〟


 テレパスだ。


〝沙鳥〟


 僕は念じた。


〝その句だと、沙鳥にも当てはまっちゃうけど〟


〝それもそうですね。では、芯条くんらしく「念じてアロハ」にしましょう〟


〝だからアロハ着てないんだよ〟


 語感はなんかいいけど。


〝それと、沙鳥〟


 僕は重要なことを指摘した。


〝僕らがテレパスってことは誰も知らないんだから、句の意味が誰にも伝わらないんじゃないかな〟


 たぶん。



〝それもそうです。では――わたしたち二人で、後世に語り継ぎましょう〟



 僕も沙鳥も、

 来週には忘れていそうだ。

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