オカルト

 太陽が天高く昇る昼休み。

 だというのに、僕は薄暗い場所にいた。


 校舎の階段を一番上まで昇りきった踊り場。屋上へ出るための扉があるけど、厳重に錠がかけられていて外へ出ることはできなくなっている。


 しかし、その狭いスペースに本棚やらソファやらが運び込まれていて、無理矢理小部屋のような空間が作り出されていた。


 そして僕はソファの一つに腰を下ろして、変な人と対面している。


「はじめまして。きみが芯条信一くんだね」


 向かいに座っている、顔にお面をつけた女子の先輩が言った。


 なんで女子だとわかるかといえば、女子の制服を着ているからであり、なんで先輩だとわかるかといえば、上履きの色が三年生のものだからだ。なんでお面をつけているかといえば……それはわからない。


 ちなみにお面は一つ目のお化けのキャラクターだった。不気味な怪しい形相のものではなく、ファンシーなかわいらしいデザインだ。


 まあ、お面をかぶっているだけでじゅうぶん怪しいんだけど。


 僕はとりあえず挨拶を返した。


「……どうも」


「私の名はOだ。キングの王でなく、イニシャルのO。偽名にて失礼」


 O先輩。


 僕の友人の宇佐美が前に言っていた名前だ。なんでイニシャルなんだろうと思っていたけど、自分で名乗っていたとは。


「我々は活動の都合上、敵が多いのだ。本名と素顔をさらすわけにいかない。すまないね」


 O先輩は続けた。


「なぜ私がきみのことを知っているか、さぞかし疑問に思っていることだろうね」


「……はい」


 僕は同じクラスの宇佐美に電話で呼びだされて、この踊り場へ来た。


 気になる女子の話をトイレでするのは間違いだと気づいた宇佐美が、ふさわしい場所を見つけて僕を呼びつけたのかと思って来たのだが、待っていたのはオバケのお面をつけた先輩だったのだ。もちろん疑問だ。


「やはり疑問に思っているのだね。そう、私はきみの心が読めるのだよ」


 変な人が妙なことを言い出した。


「私は相手の頭の中で考えていることが、手に取るようにわかってしまうのだ。心の声がテレパシーとして頭の中に響く。いわゆる『テレパス』と呼ばれる能力者だ。聞いたことはあるかい?」


「ありますけど……」


 もちろん、ある。

 なぜなら僕がテレパスだからだ。


 といっても先輩が言うように、相手の考えていることが手に取るようにわかったりはしない。同じテレパス同士で頭の中で会話ができるだけ。普通の会話を電話とするならば、それとは別にメールの送受信ができるくらいのものだ。


 そしてO先輩からは念が飛んでくる気配はない。だから先輩はテレパスではない。察するに、


「先輩は単に宇佐美の知り合いですよね?」


 宇佐美に呼び出されてやって来た踊り場で待ち構えていたのだから、それ以外考えられない。


 僕が聞くと、O先輩は肩をすくめてみせた。


「鋭いね。その通り。我々はUを使ってきみを呼び出した」


 知ってる名前をイニシャルにされても。


「だまし討ちのようなことをして申し訳なかったな」


 オバケの顔が、僕の方にあらためて向き直った。


「きみも謝りたまえ、ほら」


 なぜ僕が? 


「……あの、えっと……。なんかすみません」


「なぜ謝る?」


 えー。今謝れって……。


 この人とはまともな会話は成り立ちそうにないな……。


「……ところでその、なんで僕をここへ呼んだんですか?」


 コミュニケーションのはかり方に不安を感じながらも、僕は聞くべきことを聞いた。


「その前に、我々が何者か説明しておこうじゃないか」


 オバケの一つ目が僕を見つめる。


「我々はオカルト否定研究部だ」


「オカルト……否定研究部?」


「そうだ。我々は超能力、超常現象、妖怪、幻獣、宇宙人、幽霊……、そういった非科学的で非現実的なものの存在を否定することを目的としている」


「はあ……」


「ん。ちょっと待て。今、私、UMAって言ったか? 言ってないよな?」


「たぶん、言ってません」


「あぶないあぶない。付け足しておいてくれ。我々はUMAも否定するからな。UMAだけは認めてると思われたら由々しき事態だ」


 さほど由々しくない。


「この面も、幽霊など現実にはいないという皮肉の意味を込めている」


「な……。なるほど」


 いや、なるほどか?


「さて、我々は超能力以下略の噂を聞きつけては、それが眉唾だと証明することを活動としている」


「……そうなんですか」


 そうなんですかとしか言いようがなかった。


「そして、きみを呼びつけた理由だが」


 やっと本題に入る。


 しかしまったく、なんで呼ばれたんだ。


 僕がテレパスだということは、同じテレパス以外には誰にも話したことはない。もちろん宇佐美にもだ。


 だから、僕が超能力者だからという理由で呼ばれることはありえない。


「きみは超能力者だそうだな」


 ありえないはずの理由で呼ばれていた。


「きみの噂は、我らが同志Uから聞いているよ」


 変な人たちの同志だったのかU。いや、変なやつだとは思ってたけど。


 でも、どういうことだ? 宇佐美のやつ。僕がテレパスだってことに実は気づいてたのか。いや、そんなはずは……。


「きみは休み時間も返上するくらいに、必死で勉学に勤しんでいるのにもかかわらず、まったく成績が向上しないそうじゃないか」


 突然、思いも寄らないダメだしを受けた。


「不思議ではないかね? 普通は必死に勉強に取り組めば、結果はおのずと伴うものだ。にもかかわらず。きみは授業で指されて、まともに答えられないレベルだという」


 なんて噂を立ててんだ、U。


「このミステリーは、ある種の超能力以下略の類なのではないか、と同志Uは言っていたのだが?」


「あの……、それはですね。僕が単に……」


 僕は疑いを晴らすために、簡潔に説明した。


「ちょっと要領が悪いだけです」





 テレパスだと知られていたわけではなくてほっとした。面識のない人にまで自分の成績の悪さを知られていたことはショックだったけど。


 僕が自分がいかに要領が悪いかについて丁寧に語ると、O先輩はがっかりした様子で肩を落とした。


「……まあ、そんなことだろうとは思ったよ。そもそも、勉強しても頭が良くならない現象など、オカルトにしては地味すぎる。つまらん」


 ひどい言いよう。


「しかし、残念だ。きみが超能力者でなくてね。いや、もちろん超能力者だと言い張るのなら、そのカラクリを暴くのだけどね」


 結局、オカルト好きななのか嫌いなのか?


「あーあ。どこかにウキウキせざるを得ないオカルトの噂はないものかな?」


 好きなんだな。


 O先輩、というかオバケは遠くを見るように、僕の後ろの方に顔を向けた。すぐに視線は壁に当たるだろうに。


「まあ、そういうわけだよ」


 不意にオバケと目が合う。


「我々は超能力以下略の情報提供者を求めている。同志Uは我らの意見に賛同し協力者の一人になってくれた」


 あいつはたぶん、先輩との関係をキープしたかっただけじゃなかろうか。


「きみもどうかね。同志S?」


 名が奪われた。


「それはその、オカルト部に入るってことですかね?」


「オカルト部ではない。否定を忘れるな。別に正式に入部しろと言っているわけではない。そもそも非公式なものだしな。言うなれば情報の提供だけを行う特派員だ」


 なんだ。それだけか。


「週に八つ、必ず何らかの情報を我々に提供するという契約は守ってもらうが」


 ブラックなノルマが課されている。宇佐美が強引に僕を超能力者に仕立てあげたのもうなずける労働環境だ。


「お断りします」


「……そうか。残念だな」


 ただでさえ超能力のせいで勉強が遅れがちなのだ。これ以上、超能力にかまけている暇はない。


「だが、情報の提供はいつでも大歓迎だ。オカルトの噂を聞きつけたら報告してくれ」


「はあ、わかりました」


 噂というか、僕がオカルトそのものなんだけど。


 O先輩は踊り場の隅に設置されたキャビネットの上にある小さな置き時計を見た。


「ふむ。そろそろ昼休みも終わりだ。去りたまえ」


「先輩はいいんですか?」


「我々は後から出る。待ち伏せて正体を探ろうなどと思うなよ?」


「しませんよ」


 できればあまりかかわりたくない。


「……あの、ところで」


 僕はずっと気になっていたことを聞いた。


「さっきから我々我々って言ってますけど、他にも部員さんがいるんですか」


「ん?」


 先輩は不思議そうに首を傾げた。


「何を言っている?」


 オバケはそっと僕の方を、いや僕の後ろを指さした。


 まるで幽霊でも指さすように。





「ずっとそこにいるじゃないか」





 え……。


 僕が恐る恐る振り向こうとすると、耳元で不意に声がした。


「どうもっす……」


「わっ!」


 僕はソファから飛び上がって腰を抜かした。


 今まできがつかなかったが、ソファのすぐ後ろのちょっと振り向けば顔が触れあいそうな位置に、人がいたのだ。


 制服から察するにやはり女子の先輩だ。こっちは全然ファンシーじゃないはんにゃのお面をつけている。なぜか角の部分には赤いリボンが結ばれていた。


「ご挨拶遅れたっす……」


 はんにゃがか細い声でぼそぼそ言った。


「ずず、ずっと、そこにいたんですか!」


「そっす……。Oが、あなたの心を読めると言ったときから……」


 かなり最初の方からいたらしい。近づいてくる足音も呼吸の音もまったくしなかったというのに。おそろしい存在感のなさだ。


 僕が怯えているとO先輩が言った。


「彼女は同志。オカルト否定研究部員のBだ」


「なんでずっと黙って後ろにいたんですか! 幽霊かと思いましたよ!」


「何を言っている。幽霊などというものがいるはずがないだろう。Bはな――」


 O先輩は言った。





「ちょっと要領が悪いだけだ」

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