日曜日

 日曜の午後。

 僕はチーズバーガーを片手にコーラを飲んでいた。


 今日は友人の宇佐美と映画を見る約束をしている。ここはショッピングモールにある映画館の、すぐ下にある店だ。


 待ち合わせの時間まで、あと十分。宇佐美はまだ来ていないので、先に店内に入っている。


 コーラを飲みながら、僕は今日見る映画のことについて考えていた。


 ハリウッド製アクション映画『スパイラルス』の最新作『スパイラルス:カタルシス』。


 宇佐美は、アニメ映画『ミスブリ4』(『魔法女子ミスティ・ブリリアント4~ウィッチルネサンス』)を見たいと主張していたんだけど、僕が激しく抵抗して、こっちに決まった。


 なぜなら、まず『ミスブリ』は一般的な男子中学生が二人で見るものではない。


 そして何より、僕が『スパイラルス』のファンだからだ。


 登場人物はみんなバラバラの職業についているのだが、それぞれが個性的な特殊能力を持っており、正義の組織に属している。そして同じように、力を悪用する悪の組織がいて、戦いが繰り広げられるといった内容だ。


 前情報によると五作目となる今作(外伝も含めると七作目)では、正義の組織に属している仲間の一人が、悪の組織側に寝返ってしまうという展開があるらしい。だがそれが誰で、どういった経緯なのかまでは明かされていなかった。今回の一番の見所だ。


 僕は考えた。

 いったい誰が裏切るのか。


 主人公の教師の男は違うだろうし。相棒のような存在のパイロットが裏切ったら衝撃だ。ヒロインの女弁護士は前の作品で怪しい動きを見せていたけどあれはフェイクかな。意表をついて組織のボスで政治家秘書のあいつかも……。


 そんな風に思いをめぐらせていると、

 僕の頭の中に女子の声が聞えてきた。


〝ええっ! 主人公以外全員裏切り者だったんですか!〟


「ゲフッ!」


 あまりの衝撃に、僕は飲んでいたコーラでむせた。


 なんで……。

 なんであいつの……。


 沙鳥の声がするんだ……?


 僕と、僕のクラスメイトの沙鳥蔦羽は、テレパスと呼ばれる類の超能力者だ。これはフィクションの設定ではなく事実である。


 そして沙鳥は普段、どうでもいいテレパシーを放って真面目に授業を受けたい僕の邪魔をし続けている。僕の成績に下降線を辿らせている犯人だ。


 休日は、そんな沙鳥から解放される至福の時間。


 とくに、平日の遅れを取り戻そうと家で勉学に励んでいる土曜日と違って、日曜日は真の意味での休日だ。


 だからこそ、全力で休日を満喫するために好きな映画を見に来たのに。


 なぜ沙鳥の心の声がする。


〝しかもボスの正体は異世界人だったんですね。驚きです〟


 そして、なぜ映画のネタバレをガンガンする。


 考えられる可能性は一つ。


 この店は、映画館のすぐ下だ。今の時間は僕が見ようとしている回の、前の回の上映が行われている。


 つまり沙鳥は今、上の映画館で『スパイラルス』を見ている真っ最中なのだ。


〝なるほど。それが主人公の腕にあるアザの理由だったんですね……〟


 言うなよ、沙鳥……。


 絶対、言うなよ。


 アザの理由、絶対言うなよ!


〝ボスが本当のお父さんだったんですね!〟


 あーあ、言っちゃった。


〝つまり、主人公にも異世界人の血が半分流れていると!〟


 わー、わー、わー。聞こえない聞こえない。

 と、耳をふさいでみたとしてもテレパシーではふせげない。


〝だから、悪の組織の持つ『非実在実体安定装置』を……〟


 初めて聞く単語が出てきた。きっと今回出てきた新しい要素。


〝あれを破壊してしまうと、主人公の存在も消えてしまうというわけですね!〟


 大事っぽいことバラすなよ。


 僕は、味の全然しないコーラをストローですすりながら、たまらず沙鳥に抗議の念を出した。


〝……すみません。沙鳥さん〟


〝え? あれ? え?〟


 突然、僕の声が聞こえてきた沙鳥は動揺しているようだった。


〝芯条ですけど〟


〝あ。なんだ芯条くんですか。ぽっくりさせないでくださいよ〟


 死ぬなよ。


〝びっくりな〟


〝芯条くん。どちらにいるんです?〟


〝映画館の下の店〟


〝私はその横の上の横の映画館です〟


〝なんで一回横にずれた〟


〝芯条くん。ごめんなさい。今、映画見てるんで、できれば邪魔しないでもらいたいんですが〟


 まさか、沙鳥に邪魔するなと言われるなとは思わなかった。


 しかし、これだけは言わなければ。


〝沙鳥。僕も次の回にその映画見るんだよ。だから、できれば、あんまりネタバレするような念は――〟


〝え、なんですか。すみません。今、主人公がちょうど撃たれたとこで、ちゃんと聞こえませんでした〟


〝だから、ネタバレになるから――〟


〝ああっ。パイロットさんが撃った犯人! ……で、なんです?〟


〝いや、だから――〟


〝ああ、でも弁護士さんがかばってました!〟


 だめだ。沙鳥が止まらない。


 僕は映画を見る前に、レビューが書けるくらいの内容を知ってしまいそうだ。


 沙鳥め。普段あれだけ授業中関係ないことを考えてるくせに。なぜ、映画はきちんと見るんだ。


〝なるほど。大統領は向こうサイドだったわけですか〟


 この集中力を授業中に発揮してくれ。


 時間を考えると、もう最後の方のシーンだろう。クライマックスまでバラされたら、たまったものじゃない。


 よし。こうなりゃ普段の仕返しだ。テレパシーで沙鳥の邪魔をしてやる。


〝沙鳥さん。沙鳥さん〟


〝おっと、いよいよ古代遺跡で最後の対決ですね。なんですか、芯条くん〟


〝沙鳥さん。僕、今、ハンバーガーを、そのー、食べようと思うんだけど。あのー、食べたら〟


 えーっと。


〝ど……。どんな味がする、かなあ……〟


 だめだ。なんだ、この質問は。いくらなんでも意味がなさすぎる。


 沙鳥みたく、どうでもいいながらもなんとなく気になる話題がとっさにひねりだせない。意外と無駄話にも才能がいるのか。


 沙鳥は念を返してきた。


〝おいしいんじゃないですかね。あっ、ボスがついに、ずっと抜かなかった背中の剣を抜いちゃいましたね〟


〝ど……。どんなふうにおいしいの?〟


〝何バーガーですか。ええっ、概念そのものを切り取る剣! そんなものが!〟


〝チーズバーガー〟


〝では、チーズはとろっとして、お肉はジューシーです。大変っ! このままでは、主人公の負けです!〟


 沙鳥め。なんて器用なんだ。僕のどうでもいい話に付き合いながら、映画もきちんと見ていやがる……。


〝ああっ。人々の記憶から、主人公の存在が消えてしまいます。私も映画終わったら、食べたいですね〟


 沙鳥はさらに念じてきた。


〝セットでいくらですか?〟


 むしろ積極的に話しかけてくる余裕すらある。


 僕はとろっとしてジューシーなチーズバーガーを食べながら、沙鳥の実況を聞く羽目になった。


〝皮肉なものですね。人間ではない証であるあのアザが第六実体『マザー』を呼び起こし、人類を勝利に導くなんて〟


 もう、新規の用語ばかり飛び出してよくわからないけど、ともかく戦いは主人公がトンデモ設定を発揮して戦いに勝利したらしい。


〝良かった……。氷に覆われてしまった地球は元に戻りました〟


 あとは、ラストシーンのみってとこだ。


 最後の抵抗をしよう。


 もっともシンプルに、沙鳥のテレパシーから逃れる方法。


 それは、この場から離れることだ。


 テレパシーには可聴範囲のようなものがある。話者のいる方向の特定はできないものの、範囲の外にさえ出てしまえば関係ない。


 さっき、席に着くまでは沙鳥のテレパシーは聞こえなかった。


 レジのあたりまで退避すれば……。


 いや、そんなところにとどまっていたら変だ。店外まで出てしまおう。幸い、チーズバーガーのセットは完食済みだ。


〝なるほど! そういうことだったんですね!〟


 あぶない、沙鳥が今まさに大オチをバラす気だ!


 僕は席を立ち上がった。


 ……だが、進むべき道はふさがれた。


「遅れてすまない、芯条」


 のこのこやってきたでかいやつに進路をふさがれたからだ。


「宇佐美……」


「せっかく見るからにはやはり最高に楽しめる状況にしたいと思ってな。今までのスパイラルスシリーズの復習、予習をしてきたぞ」


 宇佐美がのんきなことを言っていると、無情にも沙鳥のネタバラシテレパシーが聞こえてきてしまった。


〝なるほど……すべては幼い少女が見ていた、夢だったんですね〟


 いろんな意味で最悪の結末だ。


 一人呆然としている僕をよそに、何も知らない宇佐美はいきいきとした目で言った。


「楽しみだ。いわば期待大だ」


「宇佐美。ちょっと提案があるんだけど」


「なんだ?」


 僕は言った。





「やっぱりミスブリ見ないか?」

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