ドラマ

 休み時間というものは、一時間に一度やってくる。でも休んでいる人はあまりいなくて、大抵は誰かしらと何かしらしゃべる時間だろう。


「しんいち。しんいち」


 僕の一つ前の席から声がする。


 といっても、声の主はこの席の主ではない。ひときわ背の小さいやつが自分の席でもないのに居座っていて、僕の下の名前を大声で呼んでいた。


「なんだよ、句縁くえん


 句縁はざっくりいうと、ちびで口が悪い、僕の昔からの友達だ。


 あと、一応女子だ。


「なんだよじゃねーよ。いちだいじだ、いちだいじ」


 句縁はしょっちゅう「一大事」を持ってくる。でもいつもどれも大したことはない。話半分で聞いても、いや話四分の一で聞いても問題ないことばかりだ。


「あいつ、したいではっけんされたな」


 とんでもない一大事だ。


「し、死体?」


「まさかのてんかいだったな。あいつはしぬとしても、まださきだとうちはふんでたんだけど……。いひょうをつくきゃくほんだわな」


「……テレビの話か」


「ほかになにがあんだよ?」


 句縁はテレビが好きで、よくドラマの話をしてくる。

 運動神経がいいくせに、スポーツはあまり見ないらしい。


「しんいち。まさか、みてねーとかいわねーよな?」


「え……」


 しまった。


 そういえば、この前おもしろいドラマがあるから絶対に見ろと句縁に言われていたのだった。


 まあ、だからって絶対見なきゃいけないわけでもないんだけど。


「みなかったらばつゲームって、やくそくしたろー?」


 そういう事情があったのだった。


 ついこの間、句縁があまりにもしつこいので、つい「見る見る」と適当に返事をしたのだ。

 さらに「約束を破ったら罰ゲーム」という何の罰だかわからない約束も「するする」適当に返事をしてしまっていた。


「みてねーんだったら、ばつゲームのえいきゅーだつもーのけいな?」


「そんな約束した覚えないけど」


 ていうか罰ゲームじゃないだろそれ。


「ちがった。まるぼーずだったな?」


 それは……、……約束したような気がする。


「いや、ちょっと待ってくれよ」


 罰ゲームで坊主って、女子の提案する罰じゃないだろう。


「さいあく、しかくぼーずでもゆるす」


「そんな坊主はない」


 頭が立方体ならそう呼んでいいかもしれないが。


「かくがりだよ、かくがり」


「それ、坊主じゃないだろ」


 そして、どっちにしろ嫌だ。


「おとめとのやくそくをやぶるのがわりーな」


 そのナリと口で、乙女ぶりますか。


「あのー、句縁さん」


 僕は嘘をつくことにした。


「あの、僕見ました。見たんですよ、実はちゃんと見ました」


「なんでけーごなんだよ?」


 動揺からです。


「この芯条信一を信じてください」


「ふーん、そうですか、しんいちさん。ほんとにみたんなら、きのうのほーそーでだれがこうさつされたか、しってまさあな?」


 絞殺だったんだ。


「さあ、しめころされたのはだれだ?」


「それは――」


 どうする? 適当に答えようにも、僕はドラマのタイトルすら知らないのだ。


 僕が状況を切り抜ける方法を思案していると――


〝お困りのようですね〟


 不意に、僕の頭の中に声がした。


 声をかけてきたのは、僕の斜め前の席の女子。沙鳥だ。


 僕と沙鳥は、口を開かずとも念を送ることで言葉のやり取りができる、いわゆる『テレパス』と呼ばれる超能力者である。


 机に突っ伏して寝ていると思われた沙鳥だったが、どうも僕らの話に聞き耳を立てていたようだ。


〝沙鳥、そうなんだ。実は困ってるんだ〟


 普段は授業の邪魔ばかりする沙鳥だけど、今は心強い存在だ。ぜひとも普段テレパシーで僕の成績を危うくさせている分、頭髪くらいは守ってほしい。


〝そうですか、お困りなんですね〟


〝ああ〟


〝では、健闘を祈ります〟


 それきり、沙鳥との交信は途絶えた。


〝え……。いや、沙鳥さん?〟


 助けてくれるんじゃないの?


〝ぐーすかぐーすか〟


〝頭の中で寝た振りするなよ〟


〝よくぞ見破った〟


〝ぐーすかなんて寝息立てるやつ、いないからな〟


「おい、しんいち。なにずっとだまってんだよー」


 沙鳥に気をとられていて、句縁への注意がおろそかになっていた。


「さては、やっぱりみてねーな?」


「いや、見たって」


「んじゃー、だれがしめころされたかいってみ?」


 僕は沙鳥に助けを求めた。


〝沙鳥、あのドラマ見てる? えーとタイトルは……〟


〝わかってます。さっきの話、だいたい聞いてました〟


 やっぱり聞き耳を立てていたらしい。


〝私も好きです、あのドラマ〟


〝それじゃ……〟


〝でも、昨日のはリアルタイムで見られなくて……。録画したんですけどまだ見てません。みたいな〟


 役に立たない。


〝きょう帰ってから見るの楽しみにしていまして、ネタバレしたら嫌だなと思ったので聞き耳を立てていました〟


〝嫌なら聞き耳立てるなよ……〟


 くっ、頼みの綱の沙鳥も見ていないとは……。でも、前回まで見ていたなら予想くらいできるはずだ。


〝沙鳥、今週絞め殺されたら意外なやつっている?〟


〝うーん。いつ誰が絞め殺されてもおかしくないドラマですからね〟


 どんなドラマだ。


〝沙鳥の感覚でいいから〟


〝では、主人公ですね〟


 沙鳥の感覚じゃだめだった。


〝主人公の与座よざですね。一番死ななそうです〟


〝そりゃ主人公だからだろ……。主人公以外で頼む〟


〝では、ヒロインの糸数いとかずですかね〟


 それもなさそうだ。


〝あとは、語り部の古波蔵こはぐらでしょうか〟


 それが一番なさそうだ。


〝とりあえず、舞台が沖縄なのはわかった〟


 苗字の傾向からして。


〝ええ、なんでそんなことわかるんですか? 芯条くん、ひょっとして……エスパーなんですか?〟


〝そうだけど〟


「し~ん~い~ち~?」


 しまった。

 句縁が下からのぞきこむようにして僕をにらんでいる。


「あと、じゅーびょーでせーかいがでてこなかったら、バリカンのじゅーでんはじめるからな?」


「持ってきてるの?」


 でも充電してないのか。


「じゅー! きゅー!」


 げっ、カウントはじめやがった。


 どうする?


 今、沙鳥が挙げてくれた三人の候補に賭けてみるか……。


「はーち! せーぶん!」


 なぜ、英語をまぜた。


「なーな!」


 一秒、儲けた!


「ろーく! しーっくす!」


 どうやら十秒以上は持ちそうだけど、それでも長くはないだろう。ここは一か八か言わなければ……。僕は句縁に言った。


「ま……、まさか主人公格が死ぬとは思わなかったなー」


 ちょっと曖昧にしておいた。


 これで、主人公かヒロインのどちらかが見事に絞殺されていれば、とりあえず首の皮一枚つながる。二人分カバーできる便利な答えだ。


 句縁はカウントをやめると、にやりと笑った。


 うっ、語り部だったか。


「そーなんだよ。さすがに、はえーよな。まだごわなのに、ヒロインがしゅじんこうにころされるとか、ありえねー」


 セーフ。

 しかも、勝手に正解を細かく教えてくれた。


「だ……、だよなー」


 ありがとう。ヒロイン、死んでくれてありがとう。


 それと、

 沙鳥にもありがとうを言わねば。


〝沙鳥。おかげで助かったよ〟


〝何がありがとうですか。ぷんすか〟


 あれ?


〝芯条くんのせいで、ヒロインが主人公に殺されるってこと、ネタバレしちゃったじゃないですか〟


〝いや、それは句縁が……〟


〝この貸しはいつか返してもらいますよ。芯条くん〟


 そう僕に念を送ると、机に突っ伏していた沙鳥は、今目を覚ましたようなわざとらしい伸びをして席を立った。


〝これ以上のネタバレは困りますから、私は席を外します〟


 沙鳥は立ち上がると、涼しい顔で僕たちの横を通りすぎていった。


 まいったな。


 どっちにしろ、いずれ僕は厄介なペナルティを受けることになるのかもしれない。


「……なー、しんいちー?」


 句縁がのんきな声で言う。


「さとりさんって」


 颯爽と椅子から立ち上がって廊下に出て行ってしまった沙鳥の姿を見て、句縁がつぶやいた。


「ひととしゃべってんの、みたことねーな」


「……」





 たしかに僕も、見たことはない。

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