プリンセスの回想

宝賀守宮

第1話

 ぺパプが好き。アイドルが好き。伝説と言われるくらいなんだから、そんなのは私に限った話じゃない。だけど、好きという気持ちだけでは飽き足らず、アイドルに自分がなろうとまでしたのは私くらいのものだ。それは、はっきりと言える。


 なぜかって? アイドルと呼ばれるフレンズはぺパプをおいて他にはいないし、それも伝説として知られているばかり。今では実際に見たり聞いたりすることもできない、過去のものとなっている。


 つまり、現にアイドルは居ない。居ないのだから、私くらいだと言えるのだ。……なんで居ないんだろ、居てもいいのにな、とも思わなくもないけど、居ないということにしっくりくる自分もいる。それはぺパプだからこそ伝説となるくらいにフレンズを魅了したのであって、他のフレンズが真似をしたところで「ごっこ」でしかない。「ごっこ」も楽しいとは思うけど、本物のアイドルにある、フレンズを惹きつけ、興奮させ、心に残り続けるようなものはないだろう。


 なによりぺパプには、あの歌と踊りに、後ろで鳴ってる音楽まで付いてる。あれだけのものは、“ヒト”が関わっているからこそ出来たものらしくて、どうぶつだけではとても無理だ。そういうこともあって、だからこそぺパプは特別なんだと思う。


 そんなぺパプがもう居ないなんて、もったいないし、何もせずにいるのはもどかしい。他のフレンズとの会話でも、「実際に見てみたかったなぁ」と、憧れと残念がる気持ちが表される、そんな経験も少なからずあった。経験を重ねていくにつれて、しだいに想いは膨らんでいった。


 居ないのなら復活させたらいいじゃない! と思い立ち、コウテイ・ジェーン・イワビー・フルルに声を掛けた。ぺパプであることに意味があり、ぺパプであるためには彼女たちに声を掛けないという選択肢は無かった。


 みんな、私の突然の誘いにあっさり乗ってくれたなぁ。その時のみんなの顔は今でもありありと思い出せる。コウテイはクールに聞いていたと思ったら白目むいてるし、ジェーンは少し不安そうでも、こちらの目を見つめながら真剣に聞いてくれるし、イワビーは話の途中からワクワクを隠せないようで動き回るし、フルルは少しソワソワしてたようだけど、あれはジャパリまんを求める口寂しさだったのかしら? 思い出すと自然と顔がほころんでくる。


 彼女たちは初代に居たフレンズと同じ種族。一方の私の種族、ロイヤルは初代にも、2代目にも居ない。……なんで居なかったかなぁ。居たら、悩まなくて済んだのになぁ。先代のパフォーマンスのチェックに、練習に、博士たちへの頼みごと。それらに取り組んでいる時であれば、悩みも不安も大きく感じることもなかったし、むしろ充実感や達成感さえ得られた。


 メンバーのみんなは素直に私に付いてきてくれた。どうしても先代に追いつこうと、伝説に追いつこうと、あれやこれやと指示を飛ばしても、ちゃんと付いてきてくれる。ホントにいい子たち。そうして付いてきてくれることに時々、胸が苦しくなることがあった。特に本番が近付くにつれて、ネガティブな発言が増えてきて、その時は諌めよう、励まそうとする思いが勝つのだけど、後になって落ち込んでしまう。そんな時は桟橋に足を運んだ。腰掛けて、チャプチャプとささやかに鳴る水音や、近くの木々で囀る鳥の鳴き声に耳を預けては癒され、水面に反射する光のキラキラして揺らめく様や、遠くに生える緑を眺めては心をからっぽにした。それでも、落ち込みすぎて心沈んでしまっていると、水面に写り込む自分の顔が、伸びたり歪んだりと変化する様にも、ロイヤルであって他のペンギンではない特徴が変わらないことを見てしまい、余計落ち込んだりもした。


 でも、同じ水でも、海は違うのよね。同じリズムで繰り返し、泡立ちながら行きつ戻りつして。香りもするし、風もすごい感じる。何より、どこまでも広く遠く続いてる。何だか何もかもちっぽけに感じてしまうくらい。空の歌もいいけど、海の歌もいいかもしれないわね。なんだかワクワクしてきた。


「プリンセスさん、やっぱりここに居たんですね。そろそろ戻りませんか?」


 やっぱりって何よ、そんなに桟橋が好きと思われてるのかしら?


「マーゲイか。みんなはどうしてるの?」


「ある意味、いつも通りですね。コウテイさんは思い出すように白目をむいてますし、ジェーンさんは振り付け確認、イワビーさんははしゃぎ疲れたのかうとうとしてます。フルルさんはジャパリまんをもぐもぐしてました。」


「そっか。イワビーの希望だったものね、海の近くでのライブは。ふふっ」


「あ、何ですか? なにか良いことでもありました?」


「なんでもないわよ? でも、なんだか良い気分なのは確かね。みんなのところに戻って、明日のライブの打ち合わせとしましょう。」


「はいっ! ふふっ」


「なによ、あなたも笑ってるじゃない」


「はい、何とは言いませんが、良いことがあったんですよ」


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プリンセスの回想 宝賀守宮 @cypraeidae_db

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