サイレント・ラッキー

亜実no3

第1話

「ラッキーさん、返事してください」

腕に巻かれたラッキーさんは、喋る気配を見せない。

きっかけは分からない。もしかすると、水に濡らしすぎてダメになったのかもしれない。でも、あのセルリアンを倒したときでさえ無事だったのだから、それほどヤワではないはずだ。じゃあ、どうして。

「うーがおー、食べちゃうぞ!」

「食べないでくださーい」

僕がサーバルちゃんとこのやりとりをしてみても、やはり喋らない。

これにはいつもポジティブで元気なサーバルちゃんも、普段は自信たっぷりのアライグマさんも、それからフェネックさんも困り顔だ。


マイルカさんにおぶってもらって助かった僕たちは、綱でバスを島まで引き寄せた。水に濡れたじゃぱりまん以外は無事なはずだった。

異変に気付いたのは、陸上で電池の充電を終え、バスを動かそうとしたときだった。いつもはすぐに運転を始めたラッキーさんだ。僕が乗れば動き出すと思っていた。

しかし、ラッキーさんは反応しなかった。僕は自力で、ラッキーさんと比べてかなり遅い速さで慎重にバスを走らせたのだった。

運転の間も、何度かラッキーさんに話しかけた。それでも、やっぱり喋らなかった。運転をやめ、みんなで一斉に話しかけても、何も反応しなかった。

「ボスが死んじゃったのだ……」

「嫌だよ! 私、またボスとお喋りしたいもん!」

俯いてじゃぱりまんを食べるみんなの表情は寂しそうで、僕自身も寂しくて、なんとか解決したかった。でも、治す方法なんて見つけるのは難しそうだ。どうやって僕を認識して、僕だけに向かって話しかけているのかさえも分からないのに。


僕を認識して……僕だけ、つまり、ヒトだけ。

あれ、もしかして。

僕が「ヒト」のようで「ヒト」じゃないことに気付いたから、ラッキーさんは話しかけるのをやめたのかな?

思えばラッキーさんが話さなくなったのは、ちょうどこの手袋とタイツが復活した頃だ。

これが復活したとき、僕はヒトからヒトのフレンズに完全に戻って、ラッキーさんもそれを認識したから、喋らなくなっちゃったのかな。

前は、きっと僕がフレンズだって知らなかったから喋っただけで。


「ごめん、みんな。僕のせいかも」

僕はみんなに向けて言った。みんなの視線が、僕に集中した。

「僕がヒトじゃなくて、ヒトのフレンズだったから、ラッキーさんは喋るのをやめたのかも知れません。確信は出来ないですが……」

あまり自信を持って言えなかったから、言葉を濁してみた。それでも、サーバルちゃんがすごく悲しそうな顔をした。

「ええっ! だってヒトってフレンズになっても同じ姿なんだよね? それに、いきなりかばんちゃんと話すのやめるなんて、ひどいよ……」

「……でも、かばんさんのその言い方は、他の可能性もあるってことだよねー?」

確信は出来ない、という言い方が引っかかったのか、フェネックさんがそう訊いてきた。一応まだある。寝てるだけかもしれない。体調が悪くて休んでいるのかもしれない。

ふと、乗ってきたバスのことを思い出した。バスは充電が必要だった。ラッキーさんも電池を持っている可能性がある。元々電池を沢山積んでいたなら、体がなくなった今、電池が切れてしまってもおかしくない。

「そうですね。疲れて寝ているのかも知れないですし、バスと同じように電池がなくなったのかも……」

「そうだよ! きっと電池だよ! かばんちゃん、電池を探そう!」


僕はすぐにラッキーさんを腕から外す。ひっくり返し、表も裏もよく見た。すると驚くことに、薄いまっすぐな二本線と、小さな出っ張りがあった。

「ここに何かあるのかな?」

出っ張りに指を掛けてみると、そこには円くてキラキラしたものが入っていた。

「わー! 本当にあったね!」

「かばんさんはやっぱりすごいのだ!」

歓声が上がったけれど、これが何かはよく分からない。バスが持っていた電池とは形が違いすぎる。あれはもっと大きくて、細長くて、上に出っ張りがあって、こんなにキラキラしてなかった。

「これも電池かな……」

「わかんないや……この島のフレンズに聞いてみればいいんじゃないかな?」

「ラッキーさんはきょーしゅーエリアが管轄だから、戻って博士たちに訊いた方が……でも、ここにも図書館があるかも……」


困っている僕たちの背後から、誰かの声がした。

「あら? あなたは新人のガイドさん?」

振り返るとそこには、僕と似た帽子を被った、僕と似た姿をした者がいた。

「あっ、いえ、違うんですが……」

驚く僕をよそに、サーバルちゃんたちが嬉しそうな声をあげた。

「かばんちゃん! この子ヒトなんじゃないかな! かばんちゃんと似てるよ! 帽子も被ってるし、かばんも背負ってる! どんなところに住んでるのか訊いてみよう!」

「よかったねーかばんさーん」

「う、うん! そうだね! ……すみません、あなたは、ヒトですか? 僕、ヒトを探してるんですけど……」

僕は恐る恐るそのヒトらしき動物に訊いてみた。不思議そうな顔をされたけれど、すぐに笑顔で答えてくれた。

「はい、そうです。一体どうなさったんですか?」

「僕、きょーしゅーエリアで生まれたヒトのフレンズです。ヒトがどんなところに住んでいるのか知りたくてここに来ました」

「えっ、あのエリアって大型セルリアンが出るところじゃない! 大変だったでしょう。それであなたは、どうしてフレンズだって分かったの? ヒトと区別つかないけど……」

「ここにいるアライさんが、僕が生まれるところをたまたま見ていたんです。帽子に残っていた髪の毛から生まれたみたいで」

そのヒトは、驚いた様子で僕をまじまじと見た。このヒトは、ヒトの姿はよく見ていても、ヒトのフレンズの姿を見るのは初めてだったようだ。

「そうだったのね。ヒトはね、どんな場所にも住むわ。好きなところでうまく適応して生きる動物なの」

「好きなところで……うまく適応して……?」

「そう。家を作ったり、火や電気を使って部屋を温めたり、逆に涼しくしたりしてね。暮らしやすい場所を自分で作る生き物よ」

今まで出会ったフレンズの中では類を見ない暮らし方だった。でも、「変わったことをするフレンズね」と何度も言われてきた。今までに見たことのない生き方をするフレンズであっても何ら不思議ではない。

「そうなんですね。ありがとうございます! 助かりました。あと、もう一つ質問が……」

今度はラッキーさんをなんとかしなきゃいけない。喋らないままにしておくのは嫌だ。

「ええ、なんでも訊いて?」

「体が取れて暫く経ったラッキービーストが喋らなくなっちゃったんですけど、どうしたらいいでしょう。すごく思い入れがあるラッキーさんなので、復活させたいんです」

「あら、電池が切れたのね。ボディがないとすぐ無くなっちゃうのよ。交換してあげる。思い入れがあるなら、ボディもちゃんと着けてあげるわね」

そのヒトは自分のかばんから円いキラキラしたものを取り出し、入れ替えてくれた。そして、近くにいた他のラッキーさんから体を借りて着けてくれた。

「オハヨウ、カバン」

「わー!戻りました!ありがとうございます!」

「よかったわ。これで元通りね」

みんなの顔に笑顔が戻った。これでまた、全員が集合した。


「じゃあ、今度はお土産を探しに行こうよ!」

「そうだね!美味しいものとか、楽しいことを持って帰らなきゃ!」

「よーし!アライさんにお任せなのだー!」

「はいよー!」

ようやく、ごこくエリアでも五人の旅が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイレント・ラッキー 亜実no3 @amino3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ