フェネックは文字が読めるのだ?!

春巻

第1話 フェネックは文字が読めるのだ?!

「かばんさん!!」

「はい?!」


 ああびっくりした。危うく『食べないでください!』と口をついてしまうところだった。

ジャパリパークにそんな危険はほとんどないと分かってるはずなのに、驚くとついつい。


「ああ、アライグマさん。どうしたんですか?」

「あ、あの、かばんさんのサインが欲しいのだ!」

「サイン……?」

「そうなのだ! オオカミやキリンたちに聞いたのだ! ゆーめーじんはカッコいいサインっていうのがあると!」

「いや、ボクは有名人じゃ……」


 ボクの話を遮って、随分と断片的な情報とともに、厚手の紙とペンを手渡される。

サインって、名前とか書けばいいのかな……?


「あの、ちなみにアライグマさん。サインがどういうものかっていうのは……」

「知らないのだ!」


 やっぱり。

そもそもフレンズさんたちのほとんどは文字が読めないみたいだから、それも当然だ。

読めない文字を書かれて嬉しいのかわからないけど、とりあえず言われるがまま、ボクは手元の紙に簡単なサインを書いてみた。


「これで大丈夫ですかね……?」

「おおー! すごいのだ! カッコいいのだ!」


 ボクのサインを手に飛び跳ねるアライグマさん。思った以上に喜んでくれてるみたいだ。

なんだかどんどん恥ずかしくなってきたけど、まぁアライグマさんが嬉しそうならいっか。


「やっほーアライグマ! どうしたの?」

「サーバル! いいところに来たのだ! ほら、かばんさんのサインなのだ! 羨ましがるといいのだ!」

「あ、これ”もじ”だよね!」

「もじ? これはサインなのだ。なんなのだそれは?」

「かばんちゃんはね、もじっていうのが書けるんだ!  わたしは読めないけど、何かちゃんと意味があるんだよ!」

「??? これはサインではないのだ?」


 アライグマさんが混乱のあまり停止してしまった。


「えっとですね、これはボクの名前が文字で書いてあって、名前を文字で書いたものがサインなんです。だからこれはサインであってますよ」

「なるほどなのだ!」

「そうだったんだー! これでかばんって読むの?」

「うん。『かばん アライグマさんへ』って書いてあるよ」

「アライさんの名前も書いてあるのだ? かばんさんありがとうなのだ!」

「わー、いいないいなー! わたしにもサインちょうだい!」

「ふふ、あとで書いてあげるね」

「あ、アライさんここにいたかー。なんだか盛り上がってるねー」


 少しだけ不思議そうな顔を浮かべて、フェネックさんがやってきた。

アライグマさんはすぐにフェネックさんに駆け寄ると、またもボクのサインを自慢げにみせつけた。


「フェネック! 見るのだ! かばんさんにサインをもらったのだ!」

「えーっと、『アライグマ』……? ああ、アライさんの名前も書いてもらったんだー。よかったねアライさーん」

「え、フェネックさん今……」

「もしかして、もじが読めるの?!」 

「え? まあ、図書館で調べ物とかしてたら、自然とねー」

「なにそれー! フェネックすごーい!」


 本当にすごい。まさか方角だけじゃなくて文字まで読めるなんて。

アライグマさんも心底驚いた表情でフェネックさんを見つめている。


「ほ、ほんとなのだフェネック? フェネックはもじが読めるのだ?」

「あー、まあ一応ねー。うん。全部じゃないんだけど」

「…………」


 アライグマさんはしばらく黙って何かを考え込むようなそぶりを見せたあと、今度はボクに向かって駆け寄ってきた。


「かばんさん!!!」

「はい?!」

「お願いがあるのだ!」


――――


「……で、これが『か』です」

「ふんふん、わかったのだ」

「でもまさか、文字を書けるようになりたいなんて言われるとは思いませんでしたよ」


 そう、あのあとアライグマさんには文字を教えて欲しいとお願いされたのだ。


「フェネックばっかり色々できてはアライさんのメンモクがたたないのだ。せめて”もじ”くらいは出来るようになってフェネックをびっくりさせてやりたいのだ」

「ふふ。素敵だと思います」


 とはいえボクも文字を教えるのは初めてだし、そもそもどうやって読み書きが出来るようになったのか記憶にない。気づいたら出来ていた。

感覚的に出来ることを教えるというのは、意外なほど難しい。


「どんどんわからなくなってきたのだ……」

「じゃあちょっと休憩しましょうか」


 脱力して全身を横たえるアライグマさんの前に紅茶を持っていく。

アルパカさんからいただいた、リラックス効果のあるハーブティーだ。


「ううー、なんて難しいのだ……」

「すいません……ボクの教え方が悪いのかも」

「そんなことはないのだ!」


 ボクの弱音を遮るようにアライグマさんが声を上げる。


「出来ないのはアライさんが悪いだけなのだ! アライさんはかばんさんに教えてもらえてとっても助かってるのだ!」

「でも……」

「ならアライさんがすぐに残りの”もじ”も覚えて証明してやるのだ! かばんさんの教え方はすごいのだ! 見てるといいのだ!」

「……ぷっ、なんですか、それ」

「? アライさん、なにかおかしなこと言ったのだ?」

「あははは。いいえ、何も。じゃあ、残りも頑張りましょうか」

「おまかせなのだ!」


――――


「フェネックー!」

「あれ、アライさん。最近見なかったけどどこ行ってたのさー。探しちゃったよー」

「ゴメンなのだ! それよりこれを読んでほしいのだ!」

「ん? 紙……?」

「それじゃあまたなのだ!」

「あ、アライさーん?」


 嵐のように通り過ぎたアライグマさんに、フェネックさんも呆然としていた。


「それ、アライグマさんからのお手紙ですよ」

「手紙?」

「はい。ここ数日、アライグマさんずっと頑張って文字の練習をしてたんです」

「あー、そういうことかー。……まいったなー」


 フェネックさんはそう呟き、言葉通り困った顔で手紙を見つめている。


「? どうしたんですか?」

「いやー、実はその……文字、読めないんだよね」

「……え?」


 話を聞くと、なんとフェネックさんが読めるのは『フェネック』と『アライグマ』の文字だけだったんだとか。

たまたま図書館で見つけた図鑑に載っていた自分とアライグマさんの名前に当たる文字だけ覚えていたのだそうだ。

そしてあの時、『アライグマ』の文字からアライグマさんの行動を推理した……ということらしい。


「でもなんでそれならそうと……」

「いやー、その、恥ずかしかったんだよねー」

「恥ずかしい、ですか?」

「アライさんの名前だけは読めるよー、なんて、ほら、ちょっとなーって」


 そんなことを気にしてたなんて、フェネックさんもなんとも微笑ましい。


「じゃあ手紙はどうしましょう……。代わりに読みましょうか?」

「んー、いや、やめとこうかな」

「え? じゃあ……」

「かばんさん。文字、わたしにも教えてくれないかな」


 フェネックさんは真剣な眼でそう言った。


「アライさんてさ。ほら、知っての通りあんまり頭良くないんだ」

「あはは……」

「それなのにさー、わたしに手紙なんて書くために頑張って文字なんて覚えてくれだわけでしょ? じゃあやっぱり、ちゃんと読まないと悪いなって」

「フェネックさん……」

「だからさ、ちょっと時間がかかっても、わたしが自力で読みたいんだー。だからかばんさん。迷惑だと思うけど、お願いします」

「迷惑なんて……。頑張りましょうね、フェネックさん!」


――――


翌日。


「うぅっ……なんで……なんでフェネックは来ないのだぁーー!!」


『ふぇねっくえ

あしたかんらんしゃのうらでまってるのだ

あらいさん』


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フェネックは文字が読めるのだ?! 春巻 @IDIO_kutsushita

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