一人と一匹の冒険 その4『これから』

明日志磨

第1話

「も~。アーちゃんったら……」

 ムスッとほおを膨らませるブチハイエナの顔を、アードウルフが舐めて慰めている。

「でも~、ハカセは図書館にいるよぉ? ここからだと結構歩くよ~?」

「そうなんですか? 『さばんな』では、少し遠い所にあるとは聞いていたんですが……」

「今『じゃんぐるちほー』だから……図書館に行くには、あと『さばく』と『こはん』と『へいげん』の三つのちほーを超えないと行けないわね」

「ええっ、そんな遠い場所にあったんですか!?」

 トキの発言に驚いて、つい勢いよく席を立ってしまうブチハイエナ。我に返ったブチハイエナがアードウルフのじっとりとした視線に気付くと、もどかしそうに釈明した。

「いや、その……アーちゃん? 図書館が『じゃんぐるちほー』の隣ぐらいにあるかな~なんて、そんなこと思ってなかったよ?」

 ブチハイエナは問いかけるように見つめてくるアードウルフから、引きつった笑いを浮かべながら全く笑ってない目線を逸らした。


「なるほど……そういう訳で図書館を目指していたのね」

「はい」

 ブチハイエナはアルパカ達に、自分たちが旅立つまでの経緯を手短に話した。

「でも、これからどうするの? 遠い所にあると解ったから行くの諦める……?」

 ブチハイエナは横目でアードウルフを見た。ヒト型ではないので表情は分かり難いが、それでも心配そうに機をうかがっている。

 ブチハイエナ自身が言い出した事とは言え、今回の旅の原因は彼女には全く関係のないことだ。例えここでブチハイエナが旅を諦めても、アードウルフは文句など言えない。

「―――ううん。私は図書館に行くよ。アーちゃんを元に戻してあげたいしね」

 その言葉を聞いた途端、アードウルフはブチハイエナの胸元に飛び込んで感謝するかのように全身を擦り付けた。

「あははっ、アーちゃんってばくすぐったいよ! ちょっと、やめてよ! あはは!」

「いい話だねぇ……私も応援してるよぉ!」

「……この感動を歌にしようかしら」

 トキが友情に関した詩を即興で歌う横で、ブチハイエナが笑い転げている。その様子を手を叩いて喜ぶアルパカ。店内はしばらくの間、陽気な混沌が続いていた。


「それじゃあ、お世話になりました。あと『こうちゃ』が美味しかったです」

「お友達が元に戻ったら~、もうここに一回来るといいよぉ。今度はお友達にも紅茶をご馳走するからねぇ!」

「ブチハイエナ、『さばく』は昼は暑くて夜は寒いから、気を付けた方がいいわ……。出来れば大回りして迂回した方が賢明よ」

「ありがとうございます」

 二人の好意に手厚くお礼を述べ、ブチハイエナは再びロープウェイを漕ぎ始めた。登りに比べれば帰りは幾分か楽だったが、それでも麓に到着する頃にはブチハイエナの足も相応に疲れ切っていた。

「ちょっと休憩してもいいかな、アーちゃん」

 ふう、と固い建物の壁に寄りかかり、少し乱れた呼吸を整えるかのようにブチハイエナは深呼吸した。

「ん? どうしたのアーちゃん? え? ありがとう……だって? そんなー、今更水くさいよ!」

 座り込んだブチハイエナの膝に乗りかかり、ふっふっ、と動物特有の呼吸をしているアードウルフ。しかしその瞳はまっすぐにブチハイエナに向けられていた。

「ねえ、アーちゃん。アーちゃんが元に戻ったら今度はアーちゃんがこれを漕いでね」

 そう言ってアードウルフの鼻をつんを触ると、アードウルフはブチハイエナの指先をぺろっと嘗め返した。

 これから目指す図書館に辿り着くには、幾つもの『ちほー』を超えなければならない。でもまたフレンズの姿に戻ったアードウルフと『さばんな』で楽しく遊べるなら、その道のりもまた思い出の一つとして語れる日が来るのだろう。

 ブチハイエナはそう信じて、これからも続く旅に思いを馳せていた。あと少し、再び歩き出すまでの短い間に。


(……私を助けてくれた顔も知らない恩フレンズ。その凜々しい後ろ姿はうっすらと曖昧になってしまったけれど、私がフレンズの姿に戻ったら真っ先に探し出してみせますわ……!)

 アードウルフはセルリアンに飲み込まれた時の事はよく覚えていないし、助かった時の事もよく覚えていない。

 結果的に間に合わなかったとは言え、記憶まで失わずに済んだのだから、やはりこの感謝の思いを伝えたいと思っていた。

 もちろん、フレンズの姿になれた時に一番最初に「ありがとう」の言葉を贈るのは親友であるブチちゃんに決まっているが、そのブチちゃんとの記憶すら無くなっていたかもしれないと思うと、アードウルフは恐怖で身震いする思いだった。やはり恩フレンズには感謝してもしきれない。

(サーバル……って事はないわね。あの子はトラブルメーカーだし。きっと私を助けてくれたフレンズは、ライオンさんやチーターさんのような凜々しいお姉様なのだわ!)


「……くしゅん!」

「どうしたの、サーバルちゃん?」

「う~ん、何か突然クシャミが……」

 そう言ってサーバルは鼻頭を手でごしごしとこすった。

「大丈夫? 今日はこのくらいで寝ようか?」

「ううん、全然へーきだよ!」

 夜行性だし、と胸を張るサーバルに苦笑しながらも、かばんは心配そうに声をかける。

「サーバルちゃん、無理はしないでね」

「へーきへーき! ちょっとムズムズしただけだよ」

「そう? 具合悪くなったら言ってね?」

「かばんちゃんこそ、疲れたり眠くなったら言ってよね!」

 あはは、笑うかばんと共に歩き始めたサーバル。一回り成長したかばんに釣り合うよう、自分も頑張らなくては、とサーバルは内心で固く決意していた。

 新しい島で、新しい発見や新しいフレンズとの出会いが続いている。かばんの夢を叶えるための、二人の旅はまだまだ終わらない。

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