一人と一匹の冒険 その1『さばんな』

明日志磨

第1話

「うーん、困ったわねぇ……」

 大きな身体をぎゅっと縮め、首をかしげるカバ。時として突き放すことも優しさだと考える彼女ではあったが、今回ばかりはそうも言っていられない事態のようだ。

「どうしたの、カバ?」

 そんなカバの背後から声がかけられる。

「あら、トムソンガゼルとシマウマじゃない。珍しい組み合わせね」

 カバが振り返ると、普段ならあまり遠くへ出歩くことのない二人がいた。

「最近はセルリアンも少なくなってきたし、ちょっと見回りも兼ねてさ。まあ心配ないよ」

「ええ。サーバルさんも島を出て行きましたし、今は縄張りに穴が開いている状態でして……それならみんなで見て回ろうって事に」

 愛用の角を意匠とした槍を肩に担ぎなら鼻息を荒くするトムソンガゼルと、警戒心が休憩しているようなシマウマ。正反対なこの二人が同じ見回り班になった経緯は、当人達のみが知る事だろう。

「それで何かあったの? 困ってる様子だったんだけど?」

「そうそう、この子の事なんだけど……」

「……この子?」

 二人が覗き込むと、カバの身体に隠れるように灰色の動物が1匹しゃがみ込んでいた。

「どうしたの? この子」

「ま まさかセルリアンに食べられて……」

 シマウマが声を震わせる。

「そんな……この間はハンターも来てたし、セルリアンはめっきり見なくなったぞ!?」

「それがこの子がセルリアンに食べられたのは随分前の事らしいの」

「?」

 どういう事かと顔を見合わせるトムソンガゼルとシマウマ。彼女たちがカバに向き直るのを待って、カバは言葉を続けた。

「大体、時期的にはサーバルがいなくなるより前の事じゃないかしら? それで、この子ったらずっとここから動かないの」

「ええっ? そんな前から?」

「最初は誰かを待っているのかと思っていたんだけど、そんな様子もないし……ずっとここにいるからつい気になっちゃって……」

 ここは『さばんなちほー』と『じゃんぐるちほー』を隔てる、『げーと』と呼ばれる固くて長い橋が架かっている場所だ。

 身を隠す場所も、食べる物も少ない。動物の姿より利便性の増したフレンズにとっても住みにくい場所なのに、元の姿に戻ってしまった動物にとっては尚更の事、住処としては不適切だろう。

「あれ? そう言えばこの子ちょっと心当たりがあるかも……」

「本当かシマウマ!?」

「うーん……もしかして、アードウルフちゃん……かな? 身体のシマ模様にちょっと見覚えがあるよ」

 シマウマが指摘すると、それまでカバの影で縮こまっていた動物が飛び出して来て、肯定するかのように頭を何度も振った。

「どうやらアードウルフで間違いないようだな。しかも記憶も残っているらしい」

「とは言え、私たちでは会話できませんものねぇ……」

 フレンズと動物は基本的に会話が出来ない。だが例外的に同種や近しい種族の場合、何らかの意思疎通が可能のケースがある。

「そうだ! アードウルフちゃんのお友達だったら何か解るかもしれないよ」

「まぁ……ここで何もしないよりも前向きな方法だな。よし、そのお友達とやらを呼んでくるか。……で、その友達って誰だ?」

「…………そこまではちょっと……」

 先は長くなるかもしれないとトムソンガゼルは内心、ため息をついた。


「アーちゃん! こんな姿になっちゃって……最近見かけないから心配してたよ!」

 動物と化したアードウルフを抱えて涙するブチハイエナと、彼女の胸元に顔をすり寄せるアードウルフ。

 トムソンガゼルの心配も杞憂に終わり、アードウルフがオオカミ連盟に所属していた事から、彼女の交友範囲を絞り出すことにあっさりと成功した。

 実は各『ちほー』は広いようで狭い。手掛かりさえ見つかれば、あとは半日とかからず二人はアードウルフとよく一緒にいたという、ブチハイエナの元に辿り着く事ができた。むしろ移動時間の方が長かったくらいだ。

「うんうん……なるほど……そんな事あったんだね」

「やっぱり同じハイエナ科同士だと分かり合えるもんだな」

「あ、いや……実はそこまで会話できている訳じゃないけど、何となく考えている事が解る……ような~? みたいな……」

「煮え切らないなぁ」

「まあ完全に同種じゃないし……」

「そこは仕方ないか。それで、アードウルフは何て言ってるんだ?」

「う~ん。何か……食べられていた所を助けてくれた恩フレンズ? に会いたい? みたいな事を言ってる……と思うわ」

 ブチハイエナの『通訳』にアードウルフはまたしても頭を縦に振った。ブチハイエナの一見心細く見える通訳は、どうやら現状正しく機能してはいるようだ。

「へえ……そいつは誰なんだ?」

「ごめん、ちょっとそこまでは……」

 口を濁すブチハイエナと、項垂れるアードウルフ。通訳できないもどかしさなのか、はたまた記憶が失われたのだろうか……。

「それで結局のところ、これからどうするんだ? 恩フレンズに会うと言っても、この様子じゃ探し出すのは無理そうだぞ」

「変に記憶があると、動物の姿のままで生活していくのも大変そうですわね」

「次の噴火を待つか? またフレンズ化すれば通訳なしでも恩フレンズを探せるだろ」

「でも次の噴火がいつになるか分かりませんよ?」

 カバたちの会話を聞いていて心細くなったのか、弱々しい声で鳴くアードウルフ。その様子を見ていたブチハイエナは何かを決意したように立ち上がった。

「それなら次の噴火を待たずにサンドスターを振り掛ければいいのです!」

「えええっ!?」

 その言葉に三人だけでなく、アードウルフも驚いている。

「心配ありません。私に『ひさく』があります!」

 自信満々に腕組みするブチハイエナ。その様子を見て、三人と一匹は顔を見合わせたのだった。

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