カフェと歌、空、星

金田々々

カフェと歌、空、星

「ねえねえ、今日はここに泊まっていぐ?」

「え?」

 アルパカさんの声にボクはすっとんきょうな声をあげた。

 ボクとサーバルちゃんとトキさん、ラッキーさん。みんなでアルパカさんのカフェのテラスで寛いでいると、アルパカさんがそんな提案をしてきた。

「もう日が暮れてきたしぃ、今から山を降りるのは危険でねぇがな?」

「あぁ、そっか。そうですね」

 空を見れば、茜色に染まった雲がうっすらと空を覆っている。その色は段々濃くなり、夕焼けに追い立てられるように青色の空が後退していた――もうすぐ夜になろうとしているのだ。内心、もうそんなに時間が経ったのかと不思議な気持ちになる。

「私も、夜目はあんまり効かないから、今から降りるのは怖いかも」

 トキさんが若干申し訳なさそうに言うが、ボクはそれに首を振る。

「いえ、トキさんが気に病むことないですよ。――サーバルちゃん、どうする?」

「私はいいと思うな! 山登りで結構疲れちゃったよー」

 そう言ってサーバルちゃんはテーブルに被さるようにして脱力する。カフェの効果だろうか、それとも疲れが溜まっているからだろうか、さしものサーバルちゃんもちょっと大人しい。

「そうだね。サーバルちゃん頑張ったもんね」

 サーバルちゃんの頭を撫でてあげると、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。

「じゃあ、決まりだねぇ! ねぇねぇ、次は何飲む? 色々あるよぉ!」

「なら、やっぱり私は喉にいいお茶を……」

「疲労に効くお茶って……あるんですかね?」

「あるよぉ! じゃあちょっと待っててねぇ」

 紅茶を入れられるのがそんなに嬉しいのだろうか。アルパカさんはスキップでもしそうな勢いで店内に入っていった。

「それじゃあ、待ってる間に一曲如何かしら?」

「ええ? まだ歌うの?」

「まだまだ行けるわ。そうだ――」

 何か閃いたのかトキさんは両手をポンと合わせると――、

「サーバル、あなたも歌ってみない?」

「え、ええ!?」

 トキさんの提案にサーバルちゃんがガバリと身を起こす。

「歌なんて歌ったことないよー?」

「なんだっていいのよ。それに、歌うと気持ちがいいわ」

「んみゅみゅみゅ……」

 珍しくサーバルちゃんが難しい顔をしている。しかしそれも一瞬の事で、ひとつ頷きを見せると、

「うん、やってみるよ!」

「わぁ――」

 その決意にボクとトキさんは顔を見合わせて、サーバルちゃんに拍手を送った。

 歌ったことのないボクでも、きっとへんてこりんな歌しか歌えなかったけど、サーバルちゃんはどうなんだろう? という期待と、大丈夫かなという心配がよぎる。

「じゃあ、いくよ?」

 サーバルちゃんは椅子から腰をあげ、立ち上がると、すぅっと息を吸いーー

「◎×△□ーーー~‼‼‼‼ ××◎◎△ーーー‼‼‼」

「――――――」

 大音量の叫びにも似た何かがボクとトキさんの耳を襲った!

「◎×△□ーーー~‼‼‼‼ ××ーー」

 ちょっと離れたところにいたラッキーさんが、目から光を消してコロンと倒れこんだ。なんだか危険な様子な気がする。

「サ、サーバルちゃん! ちょっとストップ!」

「◎×ーーー あれ? カバンちゃん、どうしたの?」

 冷や汗を浮かべるボクにサーバルちゃんは小首をかしげる。どうやら目一杯叫んでるだけなのに気がついてないみたいだ。

「す、すごく個性的な歌なんだけど、もうちょっと声を小さく歌った方がいいよ!」

「あ、あと、喉だけじゃなくてお腹で息を吸うように歌うといいらしいわ!」

「わかった!」

 任せて! とい言うようにサーバルちゃんが張り切った顔を見せる。ちょっと、ううん、だいぶ心配だ。

 サーバルちゃんが再度息を吸うのを見て、ボクとトキさんは若干身構える。

「んにゃにゃ~~~♪」

「え?」

「へぇ」

 しかし予想に反して、聞こえてきた声はちゃんとメロディを奏でていた。耳も痛くない。

「――わぁ」

 ボクとトキさんはその声に素直に拍手を送る。

「サーバル、あなたいい歌声してるのね」

「え? そうかな? 自分じゃよくわからないや」

「これは、強力なライバル出現ね」

 そう言って不敵そうにトキさんは笑う。が、恐れているわけでもなく単純になんだか嬉しそうだ。

「みんなで歌うのもいいかもしれないわね」

「あ、じゃあカバンちゃんも一緒に歌おうよ!」

 サーバルちゃんがボクに手を指し伸ばす。その動きに呼応するように、トキさんもボクに手を伸ばした。

「一緒に歌えば、きっと楽しいわ」

「――はい」

 ボクは二人のその手を取り立ち上がる。

「じゃあ、いっせーのでいくわよ」

「うん」

「いっせーの――」

 トキさんのその声を始まりとして、三人の……決して上手いわけではない、けどきっと素敵な歌声が高山の一角に響く。緋色に染まる空の下、その時間は永遠のようで、しかしあっという間の楽しい時間だった。

 不思議とアルパカさんは戻ってこず、ボクたちが歌い終わった頃に紅茶を持ってきた。心なしか、さっきの紅茶よりもほんの少し温かみが感じられた。

 


 夜闇の中、ふと目が覚めた。ぼんやりとする頭で辺りを見渡し、闇に目が慣れたところでサーバルちゃんが居ないことに気がつく。カフェの中でみんなで床に転がって寝ていたはずだ。トキさんだけは椅子に座りながら、上下に頭を揺すりながら寝ている。

「~~……~~……」 

 外――テラスの方から声のようなものが聞こえる。起き上がり、そちらに誘われるように外に出る。

「にゃにゃ、にゃー、にゃにゃにゃーー♪」 

 サーバルちゃんが手すりにもたれ掛かりながら歌っていた。ボクの気配に気がついたのか、サーバルちゃんが振り向く。

「あ、ごめんね。起こしちゃった?」

「ううん。大丈夫だよ。それよりどうしたの?」

「私、夜行性だから。ちょっと目が冴えちゃって。ねぇねぇカバンちゃん、ここすっごく夜空が綺麗だよ」

 サーバルちゃんが指差す先にボクは視線を向ける。

「――――」

 遥かに高い空。黒い天井に、無数に瞬く光が見える。それは透き通る黒にまばらに散らばり、時にいくつかの星で何かを形作るように点在し、時に数多の大小の光で河を作っている。

 その光景に、ボクは見とれた。口からは自然と感嘆の声が漏れる。

「手が届きそうなくらい」

 そう言ってサーバルちゃんは空に手を伸ばすが、なにも掴めず空回りを繰り返す。

 そんなサーバルちゃんの隣に並び、二人で空を見上げた。

「すごい、綺麗だね」

「うん。なんだかこの景色見てると自然と歌いたくなっちゃう」

「そうだね」

 二人で、顔を見合わせて笑う。

「星って言うんだって」

「ほし?」

「うん。あの空に浮かぶ光。星って言うんだって。前にカバが教えてくれたの」

「星――」

 再度星空に視線を戻す。

 星は不思議なもので、まるで生きてるかのように瞬きを繰り返している。

「こんな綺麗な景色、もっと色々あるのかな」

「あるよ」

 ポツリといったボクの言葉にサーバルちゃんが笑顔を見せる。

「もっと色んな景色見に行こうよ!」

 その笑顔に、ボクの心は期待で一杯になる。怖いことなんてなにもない。楽しいことで一杯だと、サーバルちゃんが教えてくれている。

「うん!」

 だから、ボクは目一杯の笑顔で頷いた。

 笑い合う二人を、星空だけが見守っていた。

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カフェと歌、空、星 金田々々 @nekoruji

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