パ・ド・サンク
古井京魚堂
パ・ド・サンク
「ワンッ! ツーッ! スリーッ! ここで……ターン!」
巨大セルリアン騒ぎから数日。
「っしゃー! おいおい、今の……完璧だったんじゃないか!」
「ふふ、慢心はよくないが、たしかに気持ち良くピタッと揃ったな」
「こらこらイワビー、コウテイも、そんなことで満足してちゃダメダメ、わたしたちはもっと上を目指せるんだから」
一体感からの高揚を示す二人を、口では嗜めつつもプリンセスもまた満更でもない様子だった。一時期の険も薄まり、情熱はそのままに、所作言行にまろみが加わって、より魅力が増したと評判のセンターである。
和気藹々と語り合う三人に「あのっ」と控え目に声がかけられた。
ジェーンである。視線が集中し、一瞬、その圧におされ、口ごもりかけた彼女だったが、意を決して想いを告げた。
「わたし思ったんです。折角のおめでたい席ですから、新しいダンスをお披露目できないかなって」
「意外ね。ジェーンからそんな意見が出るだなんて……」
一同顔を見合わせる。フルルは部屋の隅を見ていた。
「けど、とっても素敵なアイデアだと思うわ!」
「しかしだな。新しいダンスと口で言うのはたやすいが、なかなかの難題じゃないか」
「そうなのよねえ」
コウテイの懸念ももっともである。時間的にも一から振り付けを考えている余裕はないだろう。
「うーん……」
こういう時は誰かに相談するに限る。一人で考えこんでもドツボにはまるだけだというのは、しばらく前に身に染みて得た教訓である。幸いに、頼りになりそうな人材には心当たりがある。
「マネージャー、何か意見はないかしら」
「そうですね。やはりここは既にあるものを活用するべきでしょう」
水を向けられたマーゲイが眼鏡をクイっと動かしながら応える。
プリンセスの一声によりマネージャーに抜擢されたマーゲイであるが、歴戦のアイドルオタクとして、その知識の豊富さはプリンセスに勝るとも劣らぬ物を持っていた。
「あるものって知ってるダンスは全部発表済みだぜ」
イワビーの疑問に若干気持ち悪い笑顔で応じるマーゲイ。
「それがあるんです。あるけれど知られていないダンスが。それも一つや二つじゃありません。ここまで言えばプリンセスさんならお分かりなんじゃありませんか?」
「……そういうこと。つまりあなたはこう言いたいのね。先だ――」
「ねーねー。先代のダンスを参考にさせてもらうってゆーのはどうかなー」
「――いのダンス……ふーるーるー」
「え? なになにーどうしたの?」
「……はあ、もう、あなたったら」
話を聞いていないようで聞いていて、聞いてるようでやっぱり聞いていない、そんないつも通りのフルルであった。
思わず柳眉を逆立てたプリンセスも、すぐに毒気を抜かれてしまう。そんな二人をコウテイたち残りのメンバーは楽し気に囲んでいた。
「……ふぉー! キター!! 実は機を計ってるんじゃないかとささやかれるフルルさんの絶妙な天然小悪魔っぷりに、怒ろうとして結局最後まで怒りきれないプリンセスさんの困り顔、そしてそれを温かく見守る仲間たち。ああ、ス・テ・キ……こほん。失礼。そうです、三代目ペンギンアイドルユニット、ペンギンズ・パフォーマンス・プロジェクトによる初代、二代目のダンストリビュート。これは滾ります、滾りますよ……あっ想像しただけで鼻血が」
マーゲイの助言をいれて、先代のパフォーマンスをカバーすることになったペンギンアイドルたち。
プリンセスとマーゲイ間のマニア同士特有の省略や隠語に満ちた早口の会話に、残りのメンバーがおいてけぼりになったりもしつつ、参考にするダンスが選定された。
「決まったわね」
「決まりました」
「おつかれさま」
激論を戦わせた両雄が肩で息をするのを生暖かい目で見守る仲間たち。
「あとはこれを……」
何事か言いかけて、マーゲイはそれを飲み込んだ。
いつになく優しい表情を浮かべると、そっと後ろに下がって、プリンセス、コウテイ、ジェーン、イワビー、フルルの顔を順繰りに眺め、それから最後にまたプリンセスに視線を戻した。
ここから先は自分が言うべきことではないと理解していたのだ。
穏やかな静けさが辺りを包んだ。誰も「大丈夫か」とは聞かなかった。聞くまでもないことだったからだ。
プリンセスはにっこりとほほ笑んだ。
「マーゲイ。あなたがいてくれて本当に良かったわ」
嘘偽りのない真心からの言葉であった。以前の自分なら先代のパフォーマンスに切り込むだなんてきっとできなかった。
「さあ! 皆、演目は決まったけれど、これは三人用の振り付けだから、このままだと使えないわ、わたしたち用にアレンジするわよ!」
「当然だぜ」
「なにせ私たちは五人で一つの」
「ペパプですものね」
「だよねー」
パ・ド・サンク 古井京魚堂 @kingiodou
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