ゲーム脳の現代戦略

@natsuhatsu

第1話

「マジかよ…。」

夏の朝の月曜日、今日のブランチを前にしての僕の一言はこれ。いつもの「いただきます」なんていう言葉は出てこなかった。なぜなら、僕の朝食に向かった体に反して目はテレビのある報道に釘付けだからだ。

テレビには僕のお気に入りのアナウンサーが映っていた。いつものようにスラっとした足、細すぎない柔らかそうな二の腕、そして大きすぎず小さすぎない「美」という言葉が手前に入っていいような、マシュマロが2つ。いつも通りだ。いつもと違っていたのは顔だけ。いつもの柔らかく人当たりの良さそうな顔は影を潜め、女神に少しナマケモノを足した困ったような、焦っているような顔をしている。

「本日午前2時、北朝鮮からミサイルが韓国に向けて発射されました。そのミサイルはソウルへと着弾し、ソウルは甚大な被害を被ったようです。」

このアナウンサーの一言が、僕の本日の一言目を決定付けたのだ。

僕はこの報道に目をやりながら、二言目にいつもの決まりきった一言を言い、食事を始めた。

僕の食事の間中、液晶ではミサイルの話で持ちきりだった。

「ごちそうさま」

ここで、僕の非常時は終了。食べ終わった皿をそのままに、一段ごとに歯ぎしりのような音を出す階段を上って、自分の部屋に戻った。

この部屋からは窓から、母の駐車場が見える。

「今日も、お母さんは仕事か…」

僕は小さなガッツポーズをした。その後、体育座りをして、無理やり腰をひねりポキポキと音を出したりしてみる。それもこれも、相手を待つ暇つぶしだ。時計に目をやる。

「あと20分」

僕は12時からの戦闘に向け、早めにパソコンを起動させ、その前の椅子にどかっと腰を下ろした。いや、僕の体型はポッチャリぐらいだから、トサッくらいかな。

なかなか起動をしないパソコンを前に、床から足を離し、くるくると回り続けた。

パソコンが起動する頃にはすっかり酔っており、目の前がボヤボヤしていた。その状態のまま、僕はあるゲームを起動した。

「Suspicion」

これは、RTSG(real time simulation game)と呼ばれている。このゲームは第三次世界大戦が起こった世界を舞台に、最大32人のプレイヤーが自国(僕の場合は日本)を使い、クリアを目指すゲームだ。クリア条件は「一国が世界を統一する」の1つのみである。プレイヤーが操作する以外の国はAIが指揮をすることになっている。このゲームの売りはチャットを使ったプレイヤー同士のリアルタイム交渉にあり、全ての言葉が母国語に翻訳されるため、大雑把にいうと、この交渉で陣営の作成・加入・脱退、貿易品•額を決めたりすることができる。

僕がゲームを起動し、ログインできた11時50分現在には、すでに僕を除いた31人全員が揃っていた。

「始めるか」

「始めよう」

「腕がなるぜ」

各々気合が入っているようだ。全員がゲームを始めることを了承した。

「「「Don't believe anyone」」」

この言葉のみはすべての国共通で始める合図である。

このゲーム、いわゆる第三次世界大戦が始まるきっかけは北朝鮮による韓国へのミサイル投下から始まる。そこから、韓国、中国がぶつかり、中国を支援するロシアとアメリカがぶつかる。他国ではロシア側か、アメリカ側に分かれるものが出る。あとは残り少ない中立国で第三次世界大戦が本格化する設定だ。

「今回もいつも通り」

俺はアメリカのプレイヤーをうまく丸め込み、自分の攻めたいところにアメリカ部隊を向かわせ、美味しいところだけを持っていった。始めに俺の侵略の対象になるのは、ほとんどが元大東亜共栄圏の範囲にある国々で、占領が終わるとサウジアラビアなど、石油を抑えに行く。今回も万事成功していた。

「よし!今回のクリアも俺のものだな!」

俺はこのゲームで、負けたことは数えたほどしかない。

「引きこもり舐めんな!」

俺は興奮を抑えられずにいた。今回は自分でも驚くほど上手くいっている。

その後半の中、電話がなった。当然いいところなわけだから無視をする。そしたらショートメールが来た。

「今から迎えに行くからね❤️」

お母さんからだった。パートが終わる時間にしては早すぎた。

その通知と共に

ガチャリ‥

玄関が開いた音がした。

「は?今かよ。早すぎるだろ…」

俺がそう思うと同時に複数の人間が家の中に入って来る音がする。俺は駐車場を見た。

「お母さんのクルマじゃない…」

やばい。興奮の代わりに恐怖が僕の中の大部分を占めていた。僕は勝ちがほとんど確定したゲームを切り、すぐにベッドの下に隠れた。ちょっと僕のたくましいお腹でベッドが持ち上がっちゃったけど、大丈夫。足跡が階段を上り、僕の部屋の扉を開けた。足の数を見るに4人この部屋にはいるみたいだ。

「大丈夫、様々なゲームのベッドの下でやり過ごしたじゃないか。」

僕はこのように自分に言い聞かせ、息を潜めた。しかし、現実はそんなに甘くはなく4人のうちの1人がすぐにベッドの下を覗いた。

そこにはとても見覚えのある顔があった。

「お母さん!?」

お母さんはため息まじりに

「はぁ…あんた引きこもりで、しかもゲームのしすぎで脳ぶっ壊れてたとしても、もう少しまともな隠れ場所あったでしょ…」

現実に僕の脳は追いついけなかった。

「いやいやいや、なんで…」

「いいから早く出て来なさい!恥ずかしい!」

ベッドの下からGのようにはい出すと、3人の男が僕とお母さんを囲んでいるのが分かった。

「なんかの撮影??」

「あんたと私と、このメンイン◯ラック+αの5人でなんの撮影すんなよ…」

「世間一般では言いづらいような近親相か…」

ここまで言ったところで僕はみぞおちを正確に、無慈悲に、無表情で殴られた。いや、貫かれたという方が適切か。

「早く連れてって」

このお母さんの一言で僕は+α担がれ車に強制連行された。

「これからどこに行くんだよ…まさか!お前はマネ◯ネの実の能力者で僕をさらいに来た組織の一員なんだな!」

今回は最後まで言わせてもらったのちに、思いっきり頬を叩かれた。往復5回ほど。

「あんたをさらって、その組織はなんの得があんのよ!」

「現にさらわれてますけどね…」

「次に減らず口叩いたら私のシャトルランの自己記録分殴るわよ」

「何回?」

「178」

「さすがに死ぬんで勘弁してください」

「分かればよろしい」

そうこうしているうちに、僕は広大な土地の前に立っていた。

「ここって…」

「そう!千歳基地❤️」

僕のお母さんはバカなのか?

どうもお母さんがいると、僕の生活がギャグに染まってしまってやりづらい。

「なんでこんなところに連れてきたの?」

何気なく聞いてみた。そうすると思いがけない言葉が返ってきた。

「あんたは今日から日本の軍隊を指揮するのよ」

しらけたような静寂が辺りを包んだ。

「マジかよ…」

本日2度目の一言が僕の口から出た。


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