いつか、ミライの出会いの話

仮庵

第1話

 とある晴れた日、朝早く──小笠原諸島近辺。

 青く澄み渡った空を、一台のヘリコプターが飛んでいました。


 ヘリコプターには、センサーや探知機といった山ほどの調査機器と一緒に、数人の人間が乗り込んでいました。特にサファリジャケットを着込み、緑と赤の羽根飾りのついた帽子を被った人々は、手持ちの資料の確認や、機器の点検に余念がありません。

 その中にひとりだけ、帽子をかぶっていない人物がいました。長い黄緑色の髪をひとつにまとめ、眼鏡をかけた女性です。彼女は周囲に目を配り、人々に的確な指示を出しながら、時折、懐かしさと若干の憂いの混ざった視線を、あてどなく彷徨わせていました。

「ミライさん」

 名前を呼ばれ、女性は振り向きます。大きな荷物を背負った若い青年が、分厚いバインダーを小脇に抱えて報告をします。

「サンドスターセンサ、及び各種カメラ類、すべてチェック終わりました。異常ありません」

「わかったわ。ありがとう」

「……やっぱり、気になりますか。パークのこと」

「そうですね……」

 青年に尋ねられ、ミライは静かに言いました。その瞳が、窓の外に向けられます。

「本当は、もっと早くに戻ってくるつもりだったんだけど……。随分、時間がかかってしまいましたから」

 美しい海に浮かぶ、巨大な群島。そこはかつてジャパリパークと呼ばれ、世界最大規模の動物園として、多くの人々に愛されていた場所でした。


 ラッキービースト達に後を託し、島を去ったその日から、ミライがパークのこと、そしてフレンズたちを忘れたことはありません。ですが、島の状況、そして自分たちよりもさらに上位の力が、パークに戻ることを許しませんでした。

 巨大セルリアンにまつわる一連の騒動を受け、政府は、ジャパリパークとその周辺の島々への渡航を禁じました。それ自体を否定することはできません。何よりも優先すべきは、パークを訪れるお客様の安全です。とはいえ、当時はせいぜい二・三ヶ月、長くても半年程度でまた渡航が可能になるだろうと言われていましたから、ミライはそれを信じて、ひとまずパーク再開後に行う、様々な企画の立案に集中していたのです。

 ですが、半年が経ち、一年が経ち──それ以上が過ぎ去っても、禁止は一向に解除されませんでした。それどころか、パークスタッフによる施設メンテナンスのための渡航すら、許可が降りなかったのです。

「巨大セルリアンの被害はかつてない深刻なものであり、渡航の再開にあたっては、様々な角度から検討を行う必要がある。例えパークの関係者であっても、安全が保証されない限り、おいそれと渡航を許可することはできない」

 政府筋の人間からそう聞かされ、ミライは、目の前が真っ暗に閉ざされたような感覚と、強い焦燥感を覚えました。

 ──このままでは、私たちは永遠にパークに戻れない!

 ミライは有志のパークスタッフや、知己の研究者に声をかけ、ジャパリパーク及びその周辺群島の環境と安全を独自に調査するためのチームを立ち上げました。安全の保証がなければ渡航できないなら、自分たちで安全を証明するしかありません。ミライはあらゆる手を尽くしました。ドローンや衛星の記録映像によって、短期間であれば島への上陸に問題がないことを証明するデータを揃え、専門家のアドバイスを受けながら、パークの実地調査計画を練り上げました。完成した計画書を携え、担当者に掛け合うこと数ヶ月。プレゼンテーションの場を設けて、政府関係者を説き伏せ……。

 そうして、ようやく実現した今回の渡航も、あくまで「ジャパリパーク及びその周辺群島の現地状況調査」のためのもの。調査チームの中心はあくまでサンドスターやセルリアンの研究者たちであり、ミライを含めたパークスタッフは、数名が彼等の助手兼案内役として同行しているだけです。滞在期間の短さもあり、施設のメンテナンスはおろか、各エリアのフレンズたちに会いにいくこともままならないでしょう。

 それでも──ようやくここまで来たのです。

「この調査を無事に終わらせて、良い結果を出すことができたら、渡航禁止の解除にも一歩近づきます。……そうやってひとつひとつ積み重ねていけば、パークの再開だって、夢物語ではなくなるはず」

 ミライは青年に微笑みました。

「だから頑張りましょう。パークと、フレンズさんたちと、私たちのために」

 窓の向こうのジャパリパークが、だんだんと近づいてきます。プロペラの轟音とともに、ヘリコプターはまっすぐ進んでいきます。


 ヘリコプターは、パーク・セントラルの来客用ヘリポートに降り立ちました。

「こりゃあ、ひどいな」

 エントランスに辿り着いたとき、調査チームの誰かが、思わずそう漏らしました。

 ジャパリパークの廃墟化は予想よりも早く進んでいました。アトラクションは錆付き、案内板はもはや読むことも出来ず、美しかった石畳は、下から生える雑草によって浮き上がっていました。かつて輝きに溢れていたパークの無残な姿に耐えきれず、うつむき、涙をこぼすパークスタッフもいました。

 ミライもまた、かつてフレンズたちと楽しい日々を過ごした場所が、汚れ、風化している有様を見て──膝をついて大声で泣きたくなる気持ちをぐっと飲み込み、チームの先頭に立ちました。ぱんぱん、と手を叩いて、努めて明るく呼びかけます。

「さあ、みなさん! 始めましょう。あまり時間がありませんので、てきぱきとお願いしますね。班分けと担当エリアについては、事前にご説明したとおりです。まずは……」

 そのときです。

「──あの! すみません!」

 子供の声でした。直後に茂みをかき分けるがさがさという音、そして、石畳の上を走ってくる小さな足音。調査チームが騒然とする中、やがて、二人の少女が姿を現しました。

 ミライは一瞬、目を疑いました。

 ひとりはフレンズ。黄色い髪に大きな耳を生やし、特徴的な斑紋で彩られたスカートを翻すのは、ミライがよく知る──ほんとうによく知っている、サーバルキャットの少女。そしてもうひとりは、かばんを背負い、ぼろぼろの帽子をかぶった少女です。

 その帽子に、ミライは見覚えがありました。パークを去ることが決まったあの日、キョウシュウエリアの観覧車で風にさらわれてしまった、ほかならぬ自分の……。

「あなた……その帽子を、どこで?」

「……ミライさん、ですよね」

 帽子の少女はミライの問いには答えず、かわりに、何か大きな決意を固めた顔で口を開きました。ああ、ミライにはわかります。少女の細い腕に、リストバンドのように留められているのは……ラッキービーストのコアユニットです!

「あの……、いきなりこんなこと言って、信じてもらえないかもしれないですけど……」

 数秒、沈黙がありました。まるで、ジャパリパークすべてが息をひそめて、彼女の言葉を待っているかのように。

 帽子の少女は言いました。

 

「ぼくは、あなたのフレンズです、ミライさん──」


 合縁奇縁、一期一会。

 袖すり合うも他生の縁。


 これは、出会いの奇跡のものがたり。


(Fin)

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