重なる姿

@stin

重なる姿



「ラッキー、留守をよろしくね?」

「まかせて」

「ごめんね。すぐ戻るから……」


 ☆


 僅かな起動音が鳴り、休眠状態が解ける。

 夜明けの白み始めた空は、ラッキービーストの一日の始まりを告げる。

 パークガイドロボットの仕事はヒトの案内が主だが、ヒトがいない現在では専らジャパリまんの製造・配給が主となっていた。

 各地方に一つはある工場で複数の個体が分担してそれぞれ作業しており、その中でもこの個体はジャパリまんの配給を担当している。

 ラッキービーストによるフレンズへの干渉が禁止されている中で、唯一僅かな干渉が許された役割ともいえるだろう。

 出来上がったジャパリまんを台車に詰め込み、それをフレンズに配るだけの仕事とはいえ、サバンナ地方のフレンズは数多くいるので何回かは往復することとなる。ジャパリバスのような大型の車を使えば一回で済むのかも知れないが、ヒトがいないときは使用権限がないのだった。


「いつもありがとね、ボス」


 ラッキービーストがジャパリまんを配りに現れると、フレンズたちはそう言って笑顔で迎える。

 返答がないと判っていても、決して感謝の言葉を忘れない。

 それに対してなんの反応もしてあげられないことに、申し訳なく思う。

 でも、そういう決まりだから。

 ラッキービーストは従うしかない。


「なんでラッキーがフレンズさんたちとお話したらいけないんですか! 酷すぎます!」


 ふと、いつかの記憶を思い出す。

 ロボットだからこその、色褪せない鮮明な記憶。


「しかたないよ。そういうきまりだから」


 自分のために怒ってくれている女性……ミライにそう言うも、彼女の怒りは収まらない。

 ラッキービーストの試作運用も終わり、量産が決定してからの仕様変更に彼女は怒っているのだ。


「フレンズさんへの干渉ぐらい別に許してくれたっていいじゃないですか! ほら、私みたいに!」


 ミライは傍にいたサーバルに抱き着くと、サーバルも「キャー!」と嬉しそうに彼女の腰へ手を回した。とても微笑ましい光景だった。


「ミライはヒトだからね。それにボクは、あくまでヒトのあんないがメインだから」

「だからって……」


 ミライはサーバルから手を離し、悲しげに目を伏せた。


「……ラッキーだって、本当は嫌なんでしょ?」

「…………そうだね」


 素直に頷いた。

 短い間だったけれど、ミライからパークの知識とガイドの仕方を教わるために巡った旅は、とても楽しく、かけがえのない思い出だ。

 それはミライとサーバルたちがいたからに他ならない。

 だからもう自由に会話ができなくなることに、寂しさを覚える。


「…………」


 眉間に皺を寄せ、黙るミライ。それはなにかを考え込んでいるようにも見えた。

 しばらくするとなにかに気付いたようにハッとして顔を上げ、まるで悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべる。

 そして隣のサーバルに顔を向け、「……耳を貸してください、耳」「どっちの耳?」「え? えーと……こっちで」と小声でなにやら話し始める。

 しばらくして、ひそひそ話を終えたミライがサーバルから離れる。

 すると突然、サーバルがミライへ威嚇するように両手を広げた。


「ぎゃおー! 食ーべちゃうぞー!」

「きゃー! 食べないでくださーい!」


 そんな二人のやりとりをラッキービーストは無言で眺めている。


「……ほら、ラッキー。私の、……ヒトの危機ですよ。なにか言わないと」

「え? あ……」


 いつものじゃれ合いにしか見えなかったが、どうやらミライの危機? のようだ。


「サーバル、たべちゃダメだよ」


 そう言うと、ミライは満足したように頷いた。


「うん。これならラッキーもフレンズさんとお話しできますね」

「……さすがにむりがあるんじゃ」

「いいんです。ヒトに危険が迫ったときにしか干渉できないっていうのなら、私が常に危険な状態だということにしたら自由に会話できるでしょ」

「……いいのかな?」

「いいんですいいんです。……それに、私といるときにしかできませんから」


 それぐらいは許されてもいいでしょう?

 そうミライは笑うのだった。


「……うん」


 ラッキービーストは頷いてミライを見上げる。


「ありがとう、ミライ」

「……どういたしまして」


 ミライはラッキービーストの頭を優しく撫でた。

 隣を見ると、サーバルが両手を広げたまま所在なさげに立ったままだった。


「サーバルも、もういいよ。……ありがとう」

「うん。良かったね、ラッキー。これでまたいつでもお話しできるんだよね?」

「ミライがいるときじゃないとダメだけどね」

「……でもあれですね。もしも上にバレたりしたら、ラッキー処分されるかも」

「あわ、あわわ、あわわわわわわわわ……」

「ラ、ラッキー!? 冗談、冗談だから!」


 洒落にならないぐらい震えだすラッキービーストを、ミライとサーバルは必死に宥めるのであった。


「…………」


 回想を終え、ラッキービーストは空を見上げる。

 ミライから留守を任され、多くの月日が流れた。

 おそらくはもう、彼女は戻ってこないだろう。

 フレンズたちとも、二度と話すこともできない。

 それはとても寂しいことだけども。

 それでも彼女の代わりに、このパークを維持していく。

 だから、ミライ。

 安心して、ボクに『まかせて』ね。


 ☆


「――サーバルちゃん!」


 眠っていると、そんな叫び声が耳に届いた。

 ラッキービーストはフレンズの声に反応しない。

 でもその声には。

 彼女と良く似たその声には反応せざるを得なかった。

 休眠状態を解除し、駆け寄るようにその声がした方へと向かう。

 草木を掻き分け、開けた場所に出る。

 するとそこには。


「……」


 一瞬、立ち止まる。

 夜の暗闇のなか、外灯に照らされはっきりと視認できたその姿は、間違いなくヒトだった。

 そしてすぐ傍には、サーバルもいる。

 ……だけど、自分の良く知る二人ではなかった。

 ヒトは彼女とは似ていないし、サーバルも現在のパークにいるサーバルだ。

 でも、なぜだろう。

 不安そうにこちらを見ているヒトと、彼女を守るように前に立つサーバルの姿は、いつかの二人と重なって見えた。


「ボス……?」


 サーバルが警戒を解く。いつもジャパリまんを配ってくれるこの島の『ボス』の姿に安心したようだ。

 そんなサーバルの横を通り、ヒトの目の前まで進む。

 自分にとっての、初めてのお客様。

 大丈夫。教わった通りやればいいだけ。

 そう、まずは――

 挨拶からだ。


「はじめまして。ボクはラッキービーストだよ。よろしくね」




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