世代交代
狼二世
第1話
乾いた風が大地を吹き抜ける。
草は乾き、土は水分を失い砂埃となって空へ舞う。
日陰と言えば低木くらいしか存在しない大地には、太陽の刺すような日差しが容赦なく突き刺さる。
サバンナの乾季は辛く、厳しい。
とくに重要なのは水だ。乾いた大地では、水の確保は生物にとって死活問題だ。
必然的に、生物は水場に集う。
そして、水場に生きるソレは、必然的に多くの生き物たちと顔を突き合わせる。
だからだろう。そのフレンズがそう評されるようになるのも、無理はなかったのだ。
――『カバ』は、お節介だ。
「そうかしら? あ、気を付けなさい、尖った岩がその先に――」
危なっかしいフレンズが居れば姿が消えるまで、その背中に言葉を送る。言葉を受けたフレンズたちは、時に素直に頷き、時にしつこいと文句を言いながらも、彼女に感謝をする。
サバンナに住むフレンズたちはカバの存在を知っていたし、カバもそれら全てを知っていた。
「気を付けなさい。サバンナを生きるには、ちゃんと自分の力がないといけないんだから」
だから、カバは知っている。ある日、あっさり顔見知りが消えてしまうことを。
サバンナの大自然は、時に厳しくフレンズたちに襲い掛かる。
不慮の事故で怪我をするもの。乾季に耐えられず消えてしまうもの。セルリアンと呼ばれる外敵に襲われるもの。危険は、常に存在する。
生きる力のないものは消え、それでも大自然は回る。
力強いカバは、消えていく存在を何度も見送った。
雨季と乾季が何度も過ぎ、ヒトが去った大地も時間は流れる。
そんなある日、カバはとあるフレンズと出会った。
「カラカル、こっちこっち」
「あんたねえ……私たちは夜行性なんだから――」
真昼間の明るい太陽の下、大地を歩く二匹のネコ科のフレンズ。
長い間付き添った姉妹のように息の合った二人は、頻繁に二人で過ごしていた。
「二人とも、仲がいいのね」
「しょうがないでしょ。サーバルは私がいないとダメなんだから」
「もーっ、酷いよカラカル」
カラカルとサーバル。どこか危なっかしいけれど、前向きなサーバルと、しっかり者のカラカルは、カバから見ても良い関係であった。
「もーっ、みんなそう言うんだよ。 サーバルはドジしてない? とか絶対サーバルのこと聞かれるんだから!」
文句を言っているように聞こえるが、カラカルの顔は明るい。
「サーバル、愛されてますものね」
水場に訪れるフレンズたちは、皆、サーバルのことを知っていた。
「そう、サーバルはすごくみんなに愛されてるんだよね」
「カラカルもでしょう?」
「カバだって」
サバンナの日々は緩やかに過ぎていく。
けれど、いつの日か変化は訪れた。
水場に、カラカルだけが訪れるようになったのだ。
「サーバルはどうしましたの?」
雨季のある日、カバは尋ねた。カラカルなら、サーバルの事を知っていると思って。
「んー、ちょっとね」
気まずそうに視線を外すカラカルを見て、カバはそれ以上聞きはしない。
風が吹いた。空は灰色の雲が覆いつくし、珍しく空気も湿っている。
カラカルは、じっと水場で待つ。
やがて、水面に波紋が浮かんだ。ぽつりぽつりと、空から雫が降ってきた。
「……あなたも」
ようやく、カラカルは口を開いた。
「?」
「あなたも、こういう経験ある?」
――ああ
意図するところを理解し、カバは静かに頷く。
「ええ。ある日、姿を見なくなった子は沢山居たわ」
生きる力のないものは、淘汰される。それは、大自然にとって当然の摂理であった。
サンドスターの輝きを失ったフレンズは、その姿を失う。
「別の日に姿を見つけた時……姿は同じでも、記憶がない子も」
そして、サンドスターは、別のけものをフレンズにする。
「サンドスターも、意地悪なことをしますのね」
同じ種別の動物であれば、似たような姿として生まれてくる。それでも、別人である。
いっそ、姿も大きく変われば割り切れるものだが、そうはいかない。
「いっそ、こちらも忘れてしまえば気が楽なのにね」
何度も何度も、カバはそれを見てきた。
何度も何度も注意をしても、命は消える。そして、生まれ変わる。
「……できないからね」
気が付けば、雨は激しくなっていた。
「そうですわね」
それが出来ないから、カバはお節介と言われるのだろう。
「忘れないよ。大好きな親友。サーバルがいたってことは。ずっと私の心に中に……覚えておくから」
「私も」
「ありがとう」
大地は雨に濡れる。水は渇きをいやし、やがて命を繋ぐ。
また、サバンナの時は進む。
◇◇◇
いつしか、カラカルも姿を見せなくなった。
それでも、カバは覚えていた。
雨季が去り、乾季が訪れる。
サバンナに乾いた風が吹く。
命は巡り、新しいフレンズが生まれる。
「はじめまして。わたしは、サーバルキャットのサーバルだよ」
ある日、一人のフレンズがカバの前に訪れる。
その顔を見て、カバは喜び――そして、ちょっとだけ寂しく思った。
「ほら、サーバルはドジなんだから、人一倍しっかりしないと」
「もう、カバは心配性なの?」
記憶の中の顔よりも、ちょっとだけ子供っぽい。だけど、どこか面影は残っていた。
「ふふ、サーバルには注意しなさいって、ある子に教えてもらったから」
また、季節は巡る――
《了》
世代交代 狼二世 @ookaminisei
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